右隣の彼

悔しいけど好き

「あっ!」
「あっ!」
二人の声が重なった。

岸田君は自宅からここに来たのか薄手のダウンジャケットにジーンズといった
とてもラフな服装だった。
いつもスーツ姿しか見ていない私は彼のカジュアルな服装にまたもドキッとした。
だけど今の私たちは仕事以外の会話は一切ない。
だから、あっ!に続く言葉も見つからなかった。

なんでこんな時に来るんだろう。
っていうかさっき兄貴の奴って言ったよね…って事はまさか・・・
わざと岸田君を呼んだって事?

きょろきょろと店内見渡して私しかいない事を確認した岸田君は
チッと舌打ちをすると入り口に一番近いカウンターにドカッと座った。
その間私たちの間に会話はもちろんない。
この状況でどうやって話をしろというのよ。
私と岸田くんの間にはカップルが3組は座れそうな距離があった。
まるで今の私たちの心の距離の様だ。
今私が何か言ってもきっと何も答えてくれるとは思えなかった。
せっかくの駿さんの御好意だけど無駄に終わったと思った。
駿さんから店番を頼まれたけど岸田くんがいれば問題ないと
私は財布から千円札を1枚取り出すとカラになったグラスをその上に置き
バッグを肩にかけるとスツールから立ちあがった。
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