二重螺旋の夏の夜
早見さんは、顔をさらに緩めて微笑んだ。

「『君がいなきゃやっていけない』ってくらい強くは思ってないだろうけど、それでも多分、神崎ちゃんが思ってるよりも神崎ちゃんは、周りの人の心の中にちゃんと存在してるよ」

「……」

「笑顔で挨拶されたら笑顔で返すし、顔色悪かったら心配するし、そりゃあミスしたら怒るだろうけど、それって全部、その人が一瞬でも神崎ちゃんのことを考えたからでしょう」

「…はい」

「大丈夫、今ある大きな支えを手離して1人で歩いたって、倒れたりなんかしないよ」

背中をぽん、と押してもらえた気がした。

何が起きるのか分からない未来を、うまくやっていける保障なんて誰にだってない。

自分と、周りの人の中に存在する自分を信じるしかないのだ。

そのための勇気を分けてもらえたような気がした。

早見さんはくすり、と笑う。

「ダメになりそうになったら俺が何とかしてあげるから」

「わっ」

目の前に急に、愛らしく笑う動物の顔が現れた。

「はい、これあげる。UFOキャッチャーでたまたま取れたやつだけど」



思い出して、鼻の奥がつんとした。

カーディガンのポケットからくまのぬいぐるみを取り出してみる。

実はもらったときに気付いていた。

これは職人さんが一つひとつ手作りしているブランドのもので、セレクトショップなどにしか置かれてなくて、決して安く手に入るものではないということに。

わたしが逆に気を遣わないように嘘をついたのだとしたら、それはとても優しい嘘だ。

ありがとうございます、早見さん。

「こうしたほうがいいとか、俺は言える立場じゃないけど、今の神崎ちゃんなら自分のことを大切にできると思うから」

「はい」

「踏み出せないときには呼んでね。力になる」

あの日、最後にそんな風に言ってくれたから、わたしは決断することができた。

揺らいだりもしたし正直まだ不安だけど、もう後戻りはしない。

自分の足で立って、今度は自分のために頑張るのだ。
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