偽りの香りで


彼がキスしているのも、抱きしめているのも私じゃない。

この香りを纏った私から感じる“彼女”だ。

それがわかっていて、私は彼に会う前にこっそりと姉の部屋に入って“彼女”の香りを借りてきた。

もぎたてのフルーツのような、蕾が開いたばかりの薔薇の花のような。甘くて女性らしい“彼女”の香り。

彼が好きな、”彼女”の香り。

それで彼の瞳に私がほんの一瞬でも映るなら、今夜だけ“彼女”の代わりに。


目を閉じて彼を受け入れる。

頬に涙が一筋伝っていった。



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