偽りの香りで


ダメだ。

昨日は“彼女”の香りを纏っていたから身代わりになれた。

それなのに今こんなふうにキスをされたら、“彼女”としてじゃない私を抱きしめてほしくなる。


「やめて」

強い口調で拒否して、彼の腕を押し退けようとする。

でも彼は、後ろから私を抱きしめるその腕をほどかなかった。


「俺、最低だな。お前の気持ち、気づかなくてごめん」

彼が私の耳元でささやく。

彼に謝られると切なくて、何だかとても惨めな気持ちになった。

私こそ、最低だ。

彼は別れてもまだ姉のことが好きなのに。

“彼女”の香りを纏って彼を誘惑して、“彼女”の代わりでいいから触れてほしいと思ったなんて。

うなだれて唇をきつく噛む。

そのとき、彼がまた耳元でささやいた。


「俺はあいつの代わりとかじゃなく、最初からお前のこと感じて抱いてたよ」

「え?」

反射的に振り返ると、彼が苦く笑った。



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