偽りの香りで
離れていく彼の腕を名残り惜しく思いながら、踵を少し地面から浮かせる。
それから思いきって両腕を伸ばすと、それを彼の首に巻きつけた。
お互いの顔が数センチの距離に近づいて、私を見つめる彼の瞳が揺れる。
戸惑う彼の顔が見えないように目を閉じると、彼の唇に自分のそれを重ねた。
何度も唇を合わせるうちに、戸惑っていた彼の緊張が少しずつ解けていく。
私のほうから唇の隙間に舌を挿し入れると、棒立ちだった彼が私の腰に腕を回した。
彼のマンションの前。
夜で人通りは少ないとはいえ、道路で抱き合いながらキスを繰り返す。
しばらくして私の方から唇を離すと、彼が少し名残り惜しそうに私を見下ろした。
「今夜は私が代わりになってあげる」
“彼女”の――…
まっすぐに彼を見上げてそう告げると、彼が苦しそうに表情を歪めて私を抱きしめた。