つなぐ理由
「せんぱーい。なんだかあっついですねぇー」
いったん離れた手が改札を通った後に当たり前のように再び繋がれると、いよいよ恥ずかしくなってきて上杉先輩に話しかけていた。地下鉄のホームには電車を待つひとたちが列をつくり、時折その中からわたしたちにちらりと視線を寄越してくるひともいた。
若い学生カップルならまだ知れず、どう見ての仕事帰りの会社員とOLといういい年をした大人同士が、こんな場で堂々と手を繋いでいる姿は奇異に見えるのだろう。
いままでろくに恋愛なんてしたことがなく、もちろん男の人と手を繋いだ経験もないわたしは、いつもこの状況が恥ずかしくてわざと周りに聞こえるようにすこし大きめな声で、しかも舌っ足らずに喋って酔っ払っているひとのふりをした。
これは上杉先輩の目を欺くためでもある。
わたしが入社してすぐに開かれた新人歓迎会のとき。
場の空気を悪くしたくないという気負いから、わたしは奨められるがままに注がれたお酒を飲み続け、お開きになる頃には足元が覚束ないくらいに酔っ払っていた。
そんなわたしをアパートまで送ってくれたのが上杉先輩だ。
おまけにふらつきながら歩くわたしが転倒することを危惧してか、アパートに着くまでの間上杉先輩はずっと手を握ってくれて、先輩にもたれかかるわたしの体を支えてくれた。
恋愛経験のないわたしは先輩の紳士的な気遣いにすっかり舞い上がってしまい、翌日はまっさきに「昨日はすみません。ありがとうございましたっ」と意気込んでお礼を言いにいった。
でも対する上杉先輩は、見ていたパソコンのモニターから視線を外さないままただ素っ気なく「戸田さんは飲みすぎないほうがいいよ」と言っただけ。
友達から、飲み会で酔っ払っうような女を「ガードがゆるくてだらしのない女」だといって嫌う男もいるのだと聞いて、上杉先輩もわたしのこと「自力で帰れないくらい飲んで迷惑かけてきたどうしようもない女」だと呆れているのかもしれないと思って落ち込んだ。
ただ手を握られただけでどきっとして、先輩のことを意識しそうになっていた自分が恥ずかしくて、自戒も込めて「飲み会のときはもうぜったいに飲みすぎない。上杉先輩に迷惑かけない」と固く誓った。
なのに次の飲み会の帰り道。
なぜか先輩はまたわたしと手を繋いできた。