つなぐ理由
その後も相変わらず、先輩とはオフィスでも飲み会でも必用最低限の会話しかしない「ただの職場の同僚」という関係のままだ。なのに飲み会の帰りには必ず先輩の方からわたしと手を繋いできて、アパートまで送ってくれる。
だからいつ触れられてもいいように、手のお手入れは念入りにしておいた。
もともと肌が弱くて食器用洗剤で荒れやすく、放っておくとすぐにガサガサになってしまうから、一人暮らしを始めてからは毎日欠かさず寝る前にハンドクリームを塗っていた。
上杉先輩とまた手を繋ぐことがあるかもしれないと思ってからは、アロマのいい香りのするクリームを塗り込んでマッサージも欠かさずするようになった。おかげでメイクやファッションを研究しても容姿には全然自信がないままだったけど、手だけは自分で見ても惚れ惚れするようなつやつやでふっくらしたさわり心地のいい手になっていた。
先輩は、わたしのことどう思っているんだろう。
今晩も手を繋いで地下鉄の列に並びながら、考えても答えの出ない疑問を頭にめぐらせていた。
先輩に手を繋いだままでいてほしくて、飲み会のあと先輩に手を繋がれるといつも酔っているふりをした。先輩が内心わたしのことを「また酔っ払ってる」と呆れているのかもしれないと思うと怖かったけれど、わたしが堂々と先輩の手を独占出来るのはこのときしかないから。
だからだらしのない舌っ足らずで「外はすずしいですねぇー」なんて言いながらアパートまでの道を浮かれながら歩いていたのに。
「戸田さん。もうここからはひとりで帰れるだろ」
アパートの近くにある公園にさしかかったところで、先輩は唐突にわたしの手を離した。