スナオ
都内でも名高い病院が木村の眼前に飛び込んで来た。距離にして五キロ程度はあるだろう。都内は都内でも都内の喧噪が嘘のように緑に囲まれている。患者をリラックスさせる効果があるのかもしれない、と木村は勝手に納得した。
「お前、瑞穂ちゃんが事故ったのは自分の責任じゃないと思ってるだろ。偶然起きた出来事だと思ってるだろ。心のどこかで、自分は関係ないと思ってるだろ」砂尾が抑揚のない声で言った。
「そんなことないです」と木村は否定する。
「あのな、『そんなことないです』の裏返しは、『そうです』なんだよ。お前、瑞穂ちゃんとの交際何年だ?」と砂尾は呆れた顔をしながら訊いた。
「二十三から交際してるので七年ですね。お互い三十路。順調な交際だと思ってます」
「思い込みだ」と砂尾が怒気を含め一喝し、「女はな、気づいて欲しいんだよ、男から言って欲しいんだよ、お前はなんで『結婚しよう』て素直にいえないんだ。俺が世の中で嫌悪するのはな、クラクションとダラダラ、だ。瑞穂ちゃんの姿をしっかりと目に焼きつけとけ」
砂尾の言葉は木村の心を抉った。僕のせいだったのだろうか、話の流れからすればそうだろう。瑞穂は結婚したかった、能天気すぎる僕は気づかなかった。いつも明るい瑞穂、弱音を吐かない瑞穂、だけど、様々な感情を溜めていた。気づけば、病院に着いていた。いくぞ、と砂尾が先陣を切る。もちろん、木村も後に続いた。
受付で瑞穂のいる病室を尋ねた木村は、瑞穂が入院している病棟が302号室ということを知り、階段を勢い良く昇る。背後で砂尾が、「手と足をもっと動かせ」と指示を出す。
302号室に辿り着き、木村はノックをし、応答がないので、勝手に入った。
そこには、包帯に巻かれた女性が眠っていた。
「救いたいだろ」と砂尾が木村の耳元で囁いた。なので、木村は頷く。
「骨折もしてるようですし、昏睡状態なんでしょうか?」と木村。
「だろうな。だがな、結局何が大事って、傍にいてあげること、寄り添ってあげること、触れ合うこと、その距離感なんだよ。こうやってな」
と砂尾の右手が木村の頭をポンと叩き、撫でた。
「なんだか懐かしい気持ちになります」と木村は素直な感想を述べた。
「お前がそう思うなら、瑞穂ちゃんもそう思うじゃねえか」
砂尾が顎で木村を促し、恥ずかしさと困惑を胸に、包帯に巻かれた瑞穂に近づく。消毒液の臭いが鼻孔をつき、寝息を立て、巻かれた包帯の頭頂部を木村は撫でた。やさしく、弧を描くように、目を覚ませと願いながら。そして、今まで気づいてやれなかったことを、悔いながら。情けない。
「まあ、救われるさ。距離が近いようでいて、お前らは距離が遠かったんだ。素直にな」
それが砂尾が発した最後の言葉だった。
「お前、瑞穂ちゃんが事故ったのは自分の責任じゃないと思ってるだろ。偶然起きた出来事だと思ってるだろ。心のどこかで、自分は関係ないと思ってるだろ」砂尾が抑揚のない声で言った。
「そんなことないです」と木村は否定する。
「あのな、『そんなことないです』の裏返しは、『そうです』なんだよ。お前、瑞穂ちゃんとの交際何年だ?」と砂尾は呆れた顔をしながら訊いた。
「二十三から交際してるので七年ですね。お互い三十路。順調な交際だと思ってます」
「思い込みだ」と砂尾が怒気を含め一喝し、「女はな、気づいて欲しいんだよ、男から言って欲しいんだよ、お前はなんで『結婚しよう』て素直にいえないんだ。俺が世の中で嫌悪するのはな、クラクションとダラダラ、だ。瑞穂ちゃんの姿をしっかりと目に焼きつけとけ」
砂尾の言葉は木村の心を抉った。僕のせいだったのだろうか、話の流れからすればそうだろう。瑞穂は結婚したかった、能天気すぎる僕は気づかなかった。いつも明るい瑞穂、弱音を吐かない瑞穂、だけど、様々な感情を溜めていた。気づけば、病院に着いていた。いくぞ、と砂尾が先陣を切る。もちろん、木村も後に続いた。
受付で瑞穂のいる病室を尋ねた木村は、瑞穂が入院している病棟が302号室ということを知り、階段を勢い良く昇る。背後で砂尾が、「手と足をもっと動かせ」と指示を出す。
302号室に辿り着き、木村はノックをし、応答がないので、勝手に入った。
そこには、包帯に巻かれた女性が眠っていた。
「救いたいだろ」と砂尾が木村の耳元で囁いた。なので、木村は頷く。
「骨折もしてるようですし、昏睡状態なんでしょうか?」と木村。
「だろうな。だがな、結局何が大事って、傍にいてあげること、寄り添ってあげること、触れ合うこと、その距離感なんだよ。こうやってな」
と砂尾の右手が木村の頭をポンと叩き、撫でた。
「なんだか懐かしい気持ちになります」と木村は素直な感想を述べた。
「お前がそう思うなら、瑞穂ちゃんもそう思うじゃねえか」
砂尾が顎で木村を促し、恥ずかしさと困惑を胸に、包帯に巻かれた瑞穂に近づく。消毒液の臭いが鼻孔をつき、寝息を立て、巻かれた包帯の頭頂部を木村は撫でた。やさしく、弧を描くように、目を覚ませと願いながら。そして、今まで気づいてやれなかったことを、悔いながら。情けない。
「まあ、救われるさ。距離が近いようでいて、お前らは距離が遠かったんだ。素直にな」
それが砂尾が発した最後の言葉だった。