愛が冷めないマグカップ
フリーター時代の夢を見た。ただひたすらに時間をお金に替えていた。
ひどくうなされていたと思う。戻りたくない過去だった。
(あれ…?なんだかいい気持ち…)
心地よい夜風にふかれて目が覚めた。
目が覚めたといってもお酒に浸りきった体はずっしりと重い。
自分が寝ている場所がひと気のない庭園に繋がるロビーの一画であることには気がついたけれど、ソファーから体を起こすことはできない。
近づいてくる足音に気がついて慌てて目を閉じる。
こんな醜態を赤の他人に晒すのは、いくらなんでも恥ずかしい。誰が運んでくれたのか、それとも自分でここまで来たのかは記憶にないが、とにかく誰かに確実に迷惑をかけたことは間違いない。
「…よくもまぁ、こんなとこで寝てられるよ、ったく」
色気のある、ハスキーボイス。
あれっ?やっぱりあれは、夢ではなかったの?
目を開けるのが、怖い。
どうかこのまま、わたしを放ってどこかへ行ってしまってください。恥ずかしくって、死にそうです。
(誰も近くにいなくなったら、その隙に部屋に戻らなきゃ…)
あゆみがそう思った瞬間、唇にふにゃっと何かが当たった。
(ん…?え…えっ…?!)
柔らかくて、ほんのりあたたかくて、その感触は、まるで赤ちゃんのほっぺたのようで。
目は開けられないけれど、あゆみのむき出しのおでこにサラッと、髪の毛の感触があった。
(キス…?されてる…?)