愛が冷めないマグカップ




フリーター時代の夢を見た。ただひたすらに時間をお金に替えていた。

ひどくうなされていたと思う。戻りたくない過去だった。




(あれ…?なんだかいい気持ち…)




心地よい夜風にふかれて目が覚めた。

目が覚めたといってもお酒に浸りきった体はずっしりと重い。

自分が寝ている場所がひと気のない庭園に繋がるロビーの一画であることには気がついたけれど、ソファーから体を起こすことはできない。




近づいてくる足音に気がついて慌てて目を閉じる。

こんな醜態を赤の他人に晒すのは、いくらなんでも恥ずかしい。誰が運んでくれたのか、それとも自分でここまで来たのかは記憶にないが、とにかく誰かに確実に迷惑をかけたことは間違いない。





「…よくもまぁ、こんなとこで寝てられるよ、ったく」



色気のある、ハスキーボイス。



あれっ?やっぱりあれは、夢ではなかったの?

目を開けるのが、怖い。

どうかこのまま、わたしを放ってどこかへ行ってしまってください。恥ずかしくって、死にそうです。



(誰も近くにいなくなったら、その隙に部屋に戻らなきゃ…)




あゆみがそう思った瞬間、唇にふにゃっと何かが当たった。




(ん…?え…えっ…?!)




柔らかくて、ほんのりあたたかくて、その感触は、まるで赤ちゃんのほっぺたのようで。

目は開けられないけれど、あゆみのむき出しのおでこにサラッと、髪の毛の感触があった。




(キス…?されてる…?)











< 108 / 166 >

この作品をシェア

pagetop