愛が冷めないマグカップ
キスの経験はないあゆみも、唇の感触はなんとなくではあるけれど感じ取ることができた。
想像よりも、柔らかくて、あたたかい。お酒のせいもあってか、それが唇であると気づいても素直に(ん…なんだか気持ちいい…)と思えた。
(でも…本当に…?小林部長…だよね…?)
迷った挙句に思い切って目を開けようとした瞬間、ふ、と唇があゆみの唇から離れた。
「おい豆柴!いい加減起きろ!風邪ひくぞ!」
あゆみは反射的に「はいっ…!」と返事をして飛び起きた。
(うわっ…)
目の前にいるのは、やっぱり小林部長だ。
「あ…あの…えと…すみません…本当に、ご迷惑をおかけしてしまって…」
(ていうか、おもいっきり謝っちゃってるけど…。ほんとにわたし、小林部長にキス…されたんだよね…?)
「飲み過ぎだよ、お前。酒、飲みすぎるなって言っただろ?」
小林部長は怒ったような顔をして言った。浴衣の胸元から、ペットボトルの水を取り出してあゆみに差し出す。
(どうしてそんなに、何もなかったような平気な顔でいられちゃうの…?)
「ほら、お前にやるよ。わざわざ俺が懐であっためてやった特別なミネラルウォーターだ。受け取れ」
いまさっき、自分の唇に触れていたはずの部長の唇をさりげなく眺めてみる。整った土台に、完璧なパーツが素晴らしいバランスで並べられた顔。
「ミネラルウォーターあたためる意味がわかんないですけど…。…ありがたく頂きます」