愛が冷めないマグカップ



「わ、わかりません…そういうものなんですか…?」



「そうなんだよ。男ってのは、そういうもんだ。さ、花火、買いに行くぞ」




小林部長が立ち上がる。あゆみも慌てて立ち上がる。早足で歩く小林部長をあゆみは小走りで追いかける。いつものパターンだ。



「豆柴、遅いぞ。ちゃんとついて来い」




「あっ…は、はいっ!」



あゆみはいつも、小林部長の背中ばかり追いかけている。背中だけをずらりと並べられても、小林部長の背中を当てる自信がある。




売店で花火セットを買って、庭に出る。花火をするには庭を超えてガレージあたりまで行かなければならない。

売店のおばちゃんにバケツを借りた。




「バケツは俺が持つよ」




小林部長が花火セットをあゆみに手渡した。



「花火するのなんて、小学生のとき以来かもしれません」



懐かしいなぁとあゆみが言うと、小林部長は遠くを見るような顔で言った。



「そうか。俺、花火って一度もしたことない」



「えっ、嘘でしょう?」




「本当だよ。俺の親父はいつも夜中まで働いててさ、土日だって夏休みだって関係なしに。母さんもそれをいつも手伝ってたから、小さい頃はどこにも遊びに連れて行ってもらえなかった」



(…そうなんだ…花火を一度もしたことないなんてよっぽど…)



「…じゃあ、今日が小林部長の記念すべきファースト花火ってことですね」



あゆみはわざと明るく言った。小林部長はどんな幼少時代を過ごしてきたのだろう。



「ああ」と小林部長は、嬉しそうにバケツをぶんぶんと振った。



(わ、なんかちょっとかわいいかも…)









< 113 / 166 >

この作品をシェア

pagetop