愛が冷めないマグカップ
「わ、わかりません…そういうものなんですか…?」
「そうなんだよ。男ってのは、そういうもんだ。さ、花火、買いに行くぞ」
小林部長が立ち上がる。あゆみも慌てて立ち上がる。早足で歩く小林部長をあゆみは小走りで追いかける。いつものパターンだ。
「豆柴、遅いぞ。ちゃんとついて来い」
「あっ…は、はいっ!」
あゆみはいつも、小林部長の背中ばかり追いかけている。背中だけをずらりと並べられても、小林部長の背中を当てる自信がある。
売店で花火セットを買って、庭に出る。花火をするには庭を超えてガレージあたりまで行かなければならない。
売店のおばちゃんにバケツを借りた。
「バケツは俺が持つよ」
小林部長が花火セットをあゆみに手渡した。
「花火するのなんて、小学生のとき以来かもしれません」
懐かしいなぁとあゆみが言うと、小林部長は遠くを見るような顔で言った。
「そうか。俺、花火って一度もしたことない」
「えっ、嘘でしょう?」
「本当だよ。俺の親父はいつも夜中まで働いててさ、土日だって夏休みだって関係なしに。母さんもそれをいつも手伝ってたから、小さい頃はどこにも遊びに連れて行ってもらえなかった」
(…そうなんだ…花火を一度もしたことないなんてよっぽど…)
「…じゃあ、今日が小林部長の記念すべきファースト花火ってことですね」
あゆみはわざと明るく言った。小林部長はどんな幼少時代を過ごしてきたのだろう。
「ああ」と小林部長は、嬉しそうにバケツをぶんぶんと振った。
(わ、なんかちょっとかわいいかも…)