愛が冷めないマグカップ
「これで最後だな」
小林部長が線香花火を取り出した。一本をあゆみに手渡すと、小林部長は地面にしゃがみこむ。
「こうやって、やるんだよな」
浴衣姿で線香花火を持つ小林部長はまるでドラマの中の人のようだった。
「豆柴も、おいで」
「あ、はい」
あゆみも線香花火を手に、浴衣の裾を気にしつつ、小林部長の隣にしゃがみこむ。
「火つけて」
「あ、はい」
思ったよりも顔の距離が近かった。心臓の音を気にしながらあゆみはふたつの線香花火に火を付けた。
チリチリと小さな炎が静かに燃えている。このままずっとこうしていたいとあゆみは思った。そして気付いた。
(わたし…小林部長のこと…)
線香花火が、ぽとりと落ちた。
「豆柴くん」
(…えっ?)
「今日は、ありがとう。付き合ってくれて」
「い…いえ!わたしはそんな…」
小林部長がすっと立ち上がる。先のなくなった線香花火を眺めて言った。
「最後にとっておいて、よかったよ。ありがとう」
あゆみが小林部長を見上げると、小林部長は優しく笑った。
(小林部長…)