愛が冷めないマグカップ
「コーヒーいれるのに何分かかってるんだ。急な仕事の依頼が入ったぞ、はやくこっちへ来い」
小林部長はあゆみと笹原主任を交互に睨みつけると、あゆみの腕をぐいと引っ張った。
「えっ?ちょ…待ってくださいっ…わっ!」
「ぶ…部長っ!コーヒーがこぼれますってば!」
「うるさい!はやく来るんだ!急ぎの仕事なんだからな!こんなとこでサボってる場合か!」
「サボってなんかいません!」
(そんなこと言ったら小林部長はサボってばっかじゃない!)
「いいから早く来るんだ!」
(もう!なんなのこの人!)
「わかりましたってば!」
小林部長に引きずられるようにして社長室に入ると、あゆみのパソコンの前にファイルが山積みになっていた。
「あの…これは…?」
「うちでずいぶん昔に請け負っていた品物の図面だよ。かなり前にライバル会社に取られたらしいが、そのライバル会社がいま人手不足で生産が追いついていないらしい。そこに追い打ちをかける大量注文が入って、今回だけ助けて欲しいってことでうちに泣きが入ったって訳だ」
「…なるほど」
「豆柴、これはチャンスだ」
「はい?」
「大量注文の手助けをして、一気に得意先ごと奪い返すぞ」
「奪い返す…ですか…?」
「そうだ。昔負けた相手でも、今はお互い経営者も社員も変わってる。今回、こっちが正確に速く納品すれば、一気にライバル会社に渡してる注文を全部まるごとうちに注文してくるようになるはずだ」
小林部長の目が輝いていた。まるで眠りから覚めた肉食獣だとあゆみは思った。
「大至急、材料を発注して生産に取りかかる。段取りは任せたぞ。俺は得意先に交渉に行って来る」
「は…はいっ!わかりました!」