愛が冷めないマグカップ



社長室にも事務所にも、給湯室にもないとなると、あとは一階の加工場か、二階の食堂か。あゆみは首を捻った。そんなところに持って行った覚えはないし、小林部長はわざわざコーヒーを持って歩き回るようなことはしない。




「おはよう豆柴」




社長室の扉が開いて小林部長が入って来る。

いつもに増して眠そうな顔をしている。昨日あのあと納品に行ったはずだから、かなり疲れているんだろうなとあゆみは思った。




「おはようございます、部長。あの、マグカップ、知りませんか?どこにも見当たらないんです」




「ああ、」と小林部長は言った。「コーヒーだろ。紙コップでいいよ」




質問の返事になっていない。あゆみはもう一度尋ねた。




「小林部長のマグカップ、どこにあるか知りませんか」




「ああ、」と小林部長はさらに歯切れの悪い声で言った。

「欲しがってた人がいたから、譲ったんだ」





「…えっ?…あげちゃったんですか?」




「ああ。別に構わないだろ?コーヒーは今まで通り、紙コップで飲めばいい」




(そ…そんな…。ひどい…)




あゆみは思いのほかショックだった。自分が選んだマグカップがなくなってしまったことよりも、小林部長がそれを平気で誰かに譲ってしまったことのほうがずっと、ずっと悲しかった。




(気に入ってくれてるって、思ってたのにな…)



「…そ、そうですか。わかりました。紙コップにいれて持って来ます」









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