恐怖へいざなうメールはいかが~from.ミチカ
始動した闇
 森田は満面の笑みを浮かべて帰宅した。こんなに嬉しい気持ちになったのは、生まれて初めてだった。春乃の力になれたのが、すごく嬉しかった。初めて会った時から、森田の心の中にずっと彼女が住み続けている。ずいぶんひどい事を言われショックも受けたが、彼女なら許せた。
 春乃の事を思うだけで、幸せな気持ちになる。笑顔がこぼれる。
 物心付いて今まで、出来るだけ人の目にとまらぬよう生きてきた。人の役に立ちたいなんて、ぜんぜん思わなかった。それが春乃のおかげで変わりつつあった。
 森田は机の前に立つと右の一番上の引き出しを開け、奥から正方形の形をした、表面に繊細な模様がほどこされた手鏡を取り出した。近所に住む老夫婦がバリ島へ旅行に行った時、土産として買ってきてくれたものだ。もらってから、ずっとしまいっぱなしだった。
 朝、身支度を調える時以外、鏡は見ない。存在をかき消すよう生きてきたから、最低限の身だしなみしか整えなくていい。鏡を見る必要はなかった。
 でも、今は見たいと思う。春乃に気に入って欲しいから、できるだけカッコ良くなりたいと思う。
 ドキドキして顔を写すと、少しの間右を向いたり左を向いたりして全体を眺めた。鏡を持っていない左手で前髪を分ければ、軽くため息をついた。
「どうすればカッコ良くなるのか、わからない…」
鏡から目をそらすと、窓の外をボーッと眺めた。しかしすぐにハッとして、鏡を見た。
「前髪でも切るか。もっと今川さんが見えるようになるし」
だが、再び落ち込んだ。
「でも、変だって言われないかな…」
さっきまで一緒にいた春乃の姿を思い浮かべ、深く悩む。
 春乃は、来ている制服は他の生徒と変わりないが、明るめの黄色に染めた、バストラインまで届く長い髪はシャギーを入れていて、耳のところでかけ、今日はピンク色で太めのヘアピンで止めていた。厚めの前髪は眉の高さで切りそろえられ、眉はキレイに描かれていた。まつげも上向きにクルンとカールしていて、マスカラを付けていた。唇は触れたくなるほど艶やかなピンク色で、ピカピカに光っていた。

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