ずっと前から君が好き


俺は診断が終わった後、すぐに教室に来ていた。

もちろん立花はまだ来ていなくて、俺は自分の席に座って立花を待つことにした。

椅子に座ったまま窓を見ると、空は赤く染まっていて、いつもは白い雲も少し赤色が入っていた。

「夕焼け、か...。」

空を眺めながら、昔のことを思い出していた。


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まだ俺と唯が仲良くなって間もないときのことだった。

毎日俺と唯は、家の近くの公園で夕方まで遊んでいた。

そんなある日、俺たちが砂場で遊んでいると、同級生の聡<さとし>が俺をからかってきた。

「おい、優也!お前、男のくせに女の唯とばっか遊んで、バッカじゃねーの~!」

「ば、バカじゃない...。」

「はい~?よく聞こえませーん!もっと大きい声で言ってくださぁ~い!」

あのときの俺は、言い返すなんてできなくて言われるままだった。

だけど、そんな俺の前に立って、唯は両手を広げて叫んだ。

「いい加減にしなよ!あんた!優也はバカじゃないし!あんたの方がもっとバカだ!!」

「うるさい!女のくせに男みたいなことしてんな!」

唯の言葉に怒って、聡が唯を叩こうとしたとき、遠くの方で女の子の声が聞こえた。

「あー!!ボール、乗っちゃった~!」

その子が見ている方を見ると、高い木の上に黄色いボールが、枝と枝の間に挟まっていた。

それを見ていた聡は、何かを思いついたような顔をして俺の方を見てきた。

「なぁ、優也。あのボールお前、取ってこいよ!」

「え...。」

「優也はダメだよ!」

すかさず唯が阻止しようとするが、聡は言い返してくる。

「うるせーよ!俺は、優也に言ってんだ!..なんなら、お前が行くかぁ?唯~!」

「.....っ!!」

唯の弱点というと、高い所がダメなところだ。

それを知っていた聡は勝ち誇ったような顔をして、唯を見下ろしていた。

それがほっておけなくて、俺は精一杯、声を張り上げた。

「ぼ、僕が行くよっ!!」

「ちょっと優也っ!ダメだって!」

俺は唯の声を無視して、木の所に行き、足をかけて登り始めた。

ゆっくり一歩ずつ登っていって、俺はようやくボールを掴んだ。

「.....あっ!取った!!」

誰かが言ったのと同時に、そのままボールを下に落として、半分まで降りてきたときだった。

「...くっ!?..ハァッハァッ...う..うぅ..!!」

突然胸が苦しくなって、木の真ん中ぐらいの所で俺はうづくまった。

「...?....っ!!優也ぁっ!?」

一番最初に気付いたのは、唯だった。

そのあとで、いろいろな声が聞こえてくる。

「え...なんか、苦しそう?」
「ど、どうすんだよ...!?」

そして、聡が呟いた言葉....。

「...俺は、悪くない!あ、あいつが勝手に..。だから、俺は知らない!!」

そう言うと、聡は公園から出て行った。

「うぅ...あ...ハァハァ..!」

今にも木から落ちそうになったとき、下から誰かが登ってきた。


...だ、れ?


必死に目を開いてみると、気付けば、高い所が苦手なはずの唯がもう俺の近くに来ていた。

「しっかりして!優也!!私が...私がっ!助けて、あげるからね!!」

声を震わせながら、俺を抱えて唯はゆっくりと地面に足をつけた。

そのあとは、俺の両親や唯の両親が合流して、俺たちは無事に保護された。




それから体調が落ち着いてきて、俺は唯と話していた。

「ごめんね。唯...高い所、苦手なのに...。」

「そんなことじゃないよっ!!なんであんな無理するの!?
私...優也になんかあったら、どうしようって...うぅっうぅ...」

唯は溢れた涙を拭きながら、右手の小指を前に出した。

「絶対もう、あんなこと...しないでね。約束だよ!」

「うん...ごめんね。」

俺も同じように小指を出して、約束をした。


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だけど、その日から俺が強くなろうと決めたのと同じように、唯は泣かなくなった。

いつだって笑っていて、俺に弱さを見せなくなっていった。

「唯も...変わったってことなのか...。」

教室で一人呟くと、ガラッと音がして扉が開いた。

反射的に椅子から立って扉の方を見ると、教室にそっと入ってきたのはやっぱり立花で、
俺は片手を上げながら言った。

「うっす。部活、お疲れ。」

「うん、お待たせ。」

立花は笑顔でそう言った。

部活が終わったから、制服に戻っていてさっきとは雰囲気がどこか違うように感じた。

「「......。」」

何から話したらいいのか分からず、沈黙が続いていたが意を決して声を出した。

「「あの...」」

「あ...先に言って?」

「う、うん。」

だけど、声が重なってしまい、立花が順番を譲ってくれた。

俺は今まで考えていたことを、そのまま口に出した。

「あのさ、変なこと言うけど、俺はこの学校に会いたい人がいるんだ。

そいつは、昔から女なのに気が強くて、いつも俺のことを守ろうとしてくれてて...。

ずっと前に離れちゃったままだったんだけど、また会えたかもしれないんだ。

そんで、俺の考えが正しかったら...
立花は、俺の幼なじみの立花唯、なのか?」

俺がそう聞くと、うつむいていた立花は顔を上げて、言った。

「...そうだよ、優也。」

俺はそれだけで、涙が出そうになった。

また唯に会えて、名前を呼ばれた。
ただそれだけのことなのに...どうしようもなく嬉しかった。

「唯...久しぶり。」

「うん。」

声が震えているのがバレないように、俺は小さめの声で言った。

「か、髪...伸びたな。」

「う、うん。」

「「......。」」

でも、たくさん話したいことがあったのに、なぜか会話が続かない。

そんな状況に戸惑っていると、唯が静かに口を開いた。

「優也、なんか変わったね。」

「えっ?」

「ほら、昔は"俺"なんて言ってなかったし、なんか口調も変わった気がするよ..。」

唯は小さく笑いながら、後ろで手を組んだ。

「あぁ、やめたんだよ。"僕"って言うのは。」

「えっ...どうして?」

「もう俺は、あの頃の俺じゃないから。」

俺は唯の目を真っ直ぐ見て、そう答えた。

唯に"俺は変わったんだ"ってことを知ってほしかったから。



でも、唯の口からは、俺が思っていたことではない言葉がこぼれた。



「....じゃあ、私の知ってる優也は、もういないの?」

「え...?」

驚いた。俺はただ驚いていた。

唯の言葉にも驚いたけど、なぜそんなことを聞くのか、分からないから。

「な、何言ってんだよ...?俺、昔は唯に助けられてばっかで頼りなかっただろ?
だから、強くなって男らしくなって、また唯に---」

"会いに来たんだ"と言おうとしたとき、唯がかぶせるように声を上げた。

まるで、"聞きたくない"と言っているように。

「そんなのっ優也じゃないっ!!」

「なん、で...?」

唯はスカートの裾をギュっと握りながら、声を出す。

「...私の知ってる優也は、"俺"なんて言わないっ!」

「な、なんだよ、それっ...!!」


やめろ....


言い返す自分を止めようと思っても、一度出た気持ちは止まってくれない。

「俺はっ!昔から男のくせに弱いし、泣き虫だし、いつも唯の後ろに隠れて情けない奴だった!だから、変わろうって思ったんだ!」

「なんで変わろうなんて思うのっ!?たとえ、弱くたって泣き虫だからって、優也は優也なのにっ!!」

「それじゃあ、駄目なんだよ...!!」

「どうして駄目なの!?分かんないよっ!!!」

「唯には分かんねーよ!俺の気持ちなんて!!」

「っ...!!」

「あ....。」

言った瞬間、"まずい"って思った。

唯がうつむいたまま、肩を震わせていたから。


やっと会えたのに...何やってんだ俺はっ!!


心の中で自分を責めても、どうにもならないことは分かっていた。

だから、謝ろうと口を開いた。

「ご、ごめ--「もう、いいよ。」


え.....?


俺より先に唯が呟くように言葉をはいた。

声も出せず、俺は唯を見つめていた。

そして、震えた声で唯が話し始める。

「そう、だよね...。もう7年も経ったんだから、変わって当たり前だよね...。

私は...私が、"優也を支えてあげなくちゃ"って、"守ってあげなくちゃ"って思ってた。子供のころからずっと...。だから、私は...。
...あはははっ...!バカみたいだね、私っ。」

「ゆ、唯っ...!違うっ俺は...!!」

「ごめんねっ優也!私、もう行かなきゃっ!」

「唯!!」

唯は俺の声を聞かず、教室を出て行ってしまった。

必死に笑って見せた唯の顔が、頭の中に浮かび上がり、俺はたった一人の教室で立ち尽くした。

「...うぅっ..」

そして流れてきた涙を、手の甲で乱暴に拭いて、唇を噛みしめた。


何、泣いてんだ俺はっ!強くなったんじゃないのかよ...!!


「なんなんだよ、俺はっ!!」

俺は、自分の不甲斐なさを教室の床にぶつけるしかできなかった。





それから俺は、気持ちを落ち着かせ、重たい足で教室を出た。

寮の帰り道、自分の影を見て思った。


一人で帰るのは久しぶりだ...。


いつもは銀と蒼太が隣にいて、帰り道も楽しかった。

そんなことを考えていたら、少しだけホッとした。

三人で笑って、騒いで...それが一番だと思うから俺は、二人に無駄な心配をかけないように、笑顔を作ってから寮の扉を開けた。




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