ずっと前から君が好き
~唯side~
「ごめんねっ優也!私、もう行かなきゃっ!」
私は、優也から逃げるように教室を飛び出した。
どこに行くかなんて決めてないけど、ただ続いている廊下を走った。
--"唯には分かんねーよ!俺の気持ちなんて!!"--
「....っ!!」
優也の言葉が頭の中でリピートされて、私は足を止めた。
...本当は、優也が強くなりたいって思っていたことを私は知っていた。
だけど、優也が強くなっちゃったら、私は置いてかれるんじゃないかって思うようになって...もうどうしたらいいのか分からなかった。
だからせめて、優也が笑っていてくれたら。
そう思いながら私は、優也の隣りに居たけど、それは優也にとっては迷惑だったのかな...。
「....うぅっあぁぁ...」
涙が零れ落ちた。
私がしてきたことが、優也を苦しめていたと思うと、胸が締め付けられて息をするのも苦しくなる。
ずっとずっと会いたくて、"もう一度だけ一緒に笑いたい"って、それだけのことなのにそれがすごく難しいんだ。
思えば思うほど、涙が止まらなくなってきて、私はその場所にうづくまって、必死に涙を拭う。
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幼い頃、優也が木の上にのったボールを取りに行かされた日。
泣きだした私を見ていた優也の顔は、泣いている私よりも悲しそうに見えた。
私はその顔を見て、気付いた。
"笑っていてほしい"と願いながら、優也をそんな顔にさせているのは、
他でもない自分だと...。
だから私は、夕焼けの中で決意した。
---もう泣いたりしない---
それから私は優也の前では泣かないようにした。
そうしないと、優也も悲しそうな顔をするから。
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だから。
笑わなきゃ...。
そう心の中で自分に言い聞かせた。
そして、涙を拭いて立ち上がろうとしたとき、聞いたことがある声に名前を呼ばれた。
「こんにちわ。君が"唯ちゃん"だよね?」
「えっ?」
「おい、銀。ちゃんと名乗ってからにしろ。悪いな、俺は蒼太。優也の友達だ。」
メガネをかけた男の子が、もう一人の男の子を叩きながら言った。
銀と呼ばれた男の子は、頭をさすりながら口を開く。
「いや~ごめんごめん。でも、俺たちのこと、この子知ってるよ。
前、優也が倒れたとき保健室にいたよね?」
「えっ!?どうして...?」
そう...私があの日、授業中に熱を出して、保健室で寝ていたときだった。
勢いよく扉が開いた音で目が覚めて、カーテンをそっと開けたら、気を失った優也を抱えて、この二人が入ってきたのだ。
でも、気付かれてはないと思っていたから驚いた。
私が聞き返すと男の子は笑いながら、答えた。
「あのとき、奥のベッドのカーテンが一つだけ閉まってたし、俺たちが出てくときにチラッと覗いてみたら君がいたからさっ。ハハッ!」
「変態だな。」
「いやだな~!蒼だって、見てたでしょ?優也のことを、ジッと見つめてる唯ちゃんを~!」
「いやぁぁぁっ!!」
バゴォ!!
私はそんなところを見られていたのが恥ずかしくて、思わず男の子を殴ってしまった。
「あっ!ご、ごめんなさい!!」
「大丈夫だ、気にしなくていい。君がやらなくても俺がやっていた。」
私が腰を曲げて謝ると、メガネを上げながら爽やかに男の子が呟いた。
「んんっ!!...私に何か用があるんですか?」
"気を取り直して"という意味で、咳払いをしてから、私がそう聞くとさっきまでの空気とは打って変わって、二人は真剣な顔になった。
そして銀くんが口を開いた。
「その前にごめんね。実は俺たち、さっきの唯ちゃんと優也の話、聞いちゃったんだ。
寮で帰ってくるのを待ってたんだけど、遅かったから向かいにきたんだ。そしたら二人が話してて...。」
私は"そう、ですか..."と言いながら、優也との会話を思い出した。
優也のことを考えていると、蒼太くんが銀くんの話の続きをするように話し始めた。
「それで、出るに出れなくなって話を聞いていれば、喧嘩になって君が出て行ってしまったから、追いかけてきたんだ。ちょっと君は誤解してるようだからな。」
「誤解...?」
「"君は"というか、"君も"だな。優也には寮で話すことにするよ。
それで、君が誤解してるということだが...。」
私はジッと蒼太くんを見て、続きを待った。
でも、しばらくの間沈黙が続いて、やっと蒼太くんは口を開いた。
「....君は優也のことが好きなのか?」
「なっ...!!」
「ぷっはははは!!」
私が、体中が赤くなっているんじゃないかと思うくらいに、恥ずかしい思いをしてるのに、私の隣りでは銀くんが大笑いしていた。
そしてそんな突拍子もないことを言った蒼太くんは...なぜか、真顔だった。
「そそそそそ...そんなことはっ!」
私が"ありません!"と言おうしたのが分かったのか、銀くんはニヤニヤしながら言ってきた。
「唯ちゃ~ん、嘘つかなくていいんだよ~?くふふっ」
「....っ!?」
私たちの会話を思い切りスルーして、蒼太くんが言った。
「なるほど..。それで、君が誤解してるっていうのは、優也の気持ちだ。」
「え?」
「優也はな、俺たちに幼い頃の君との思い出を、楽しそうに話してたよ。
確かに、君に助けられたことが変わろうと思ったキッカケって言ってたが、それは迷惑だからじゃなくて、君のことを守りたいって思ったからだ。」
「っ....!!」
優也がそんなことを思っててくれたことに、私は驚いた。
蒼太くんは、私を見てから笑って言った。
「分かったか?優也が君にどんな気持ちを持っているか。
それに俺には、たぶん君も優也に対して同じ気持ちがあると思うけどな。」
その後の言葉は、もう分かっていた。
だってそれは、私が昔から思ってきたことだから。
私は...。
「私、は…優也が...好き。」
「うん!それでいいと思う。あとは、今の言葉を優也に伝えてやってよ!」
自然とこぼれた言葉に、銀くんは私の頭を撫でながら、そう言ってくれた。
私が小さくうなづいて笑うと、二人が驚いたように目を見開いた。
「おぉ!これか...。」
「うん...!これだね。」
「はい?」
意味が分からず首をかしげる。
銀くんが私の頭から手を放しながら、言った。
「くふふっ!前ね、優也に"唯ちゃんのどこが好きなの?"って聞いたらね、照れくさそうに笑いながら、"あいつは、笑顔が最高なんだ。"って言ってたんだ!
だから、見れてよかったよ!」
「そ、そうなんだ...。」
そう言って笑った銀くんに、私は返事するのが精一杯だった。
なぜなら。
やばい...恥ずかしすぎて心臓がっ!
優也にそんな風に思われてたことが、嬉しかったから...。
私は深呼吸してから、二人の方を向いた。
「あの、二人とも教えてくれてありがとう。私、頑張るよ!」
「あぁ。あとは自分のペースでいいから、諦めるなよ?」
「うん!唯ちゃん、優也のことは任せてよ!」
蒼太くんと銀くんはそう言って笑ってくれた。
「うん!!」
私が大きくうなづくと、銀くんは左手につけた腕時計を見て言った。
「あっそろそろ行かないと。優也が先に帰ってきちゃうから。」
「そうだな。それじゃあ、向かいに来た意味がないしな。」
銀くんに続いて、蒼太くんがうなづいた。
"じゃあ一緒に帰ろうよ!"と言おうとしたとき、二人の会話を聞いて、今日は寮の子たちと、たこ焼きパーティーをする予定だったのを思い出した。
「あああっ!!!しまったぁぁ!!タコがぁ~!」
「「た、タコ?」」
私は二人が聞いてくるのにも答えずに、リュックを背負った。
「ごめん!!私のタコが無くなっちゃうから、行くねっ!!またね~!!」
私は廊下を走りながら言った。
後ろから
「やっぱり、似てるね!」と銀くんの声と、
「優也の方が、まだ落ち着きがあると思うぞ。」という蒼太くんの声が聞こえてきて、私は立ち止まって振り返る。
そういえば、"ありがとう"も言ってなかった!
私はもう、遠く離れた二人に向かって大声で叫んだ。
「銀くん、蒼太くん!!ほんとうに、ありがとー!!!二人に会えてよかったよ~!!
あと、優也と仲良くしてくれて、ありがとう!!
優也が二人といると、幸せそうにしてる理由が分かったような気がするよー!!
また今度、お礼するからねー!!!」
学校の中で大声を出してしまったけど、今はそんなことはどうでもよく思えて、
私は二人に向かって、たくさん手を振った。
銀くんも大きく手を振りながら、"まったねー!!"って言ってくれたし、蒼太くんは叫んだりはしなかったけど、ちゃんと手を振りかえしてくれた。
それが嬉しくて、私は帰り道ずっと、一人でニヤついてしまっていた。