エンジェル
 「空は絵の具で塗りたくないな」
  翔太は言った。ユミリに視線を向けると彼の手をずっと見ていた。そして慌てて視線を外す。
「ねえ、なんで翔太ってそんなに冷めているの?わたしの事嫌い?いつも一人で行動してるし、友達つくらないし。そんなじゃ学校生活楽しめないよ」
「うるさいな!別にいいだろうが、一人が好きなんだ。ほっといてくれ!」
 翔太は並行して歩いていたユミリを早足で追い抜いた。これだから、女、という生き物はいやだ。なにかと心の内側に入り込んで来る。別に一人が好きなわけじゃない、ただ単に、家族が揃っている家庭が羨ましいだけだ。彼の心を蝕んでいるのは、欠けたパズルのピース。それは失っているものしかわららない。感情を見せなければ傷つかない、自分が強くなれば悲しむことはない。
「わたし、転校するの!」
 早足で歩いていた翔太の背後でユミリの声が大きく響いた。思わず翔太は足を止め、「えっ!?」と振り向いた。
「お父さんの仕事の都合。黙っていてごめんね。でも、みんなとの別れが辛くて、先生以外には知らせてないの」
 ユミリの目に涙が浮かんでいた。
「自分勝手だな。別れが辛いなら仲良くしなければいい」
 翔太は動揺を隠しながらいった。もしかしたら声が少し、震えていたかもしれない。
「たしかに友達との別れは辛いよ、でも、翔太との別れが一番、悲しい」
 ユミリはいった。彼女の小さい肩が震え、小さい両手が胸を押さえている。群青色の空は陰りをみせ、色合いを変えていた。
「そう、ありがとう。元気でな」
 翔太は踵を返し、再び歩き始めた。ユミリは左手を翔太の方に向けていた。
「また合えるよね?一人で行動しちゃダメだよ!じゃないと、空は晴れないよ!」
 いつまでかは覚えていない。ユミリはずっと叫んでいた。翔太は背でそれを感じ続けていた。母親が病気でなくなった日以来、泣かないと決めた翔太の目から、涙がこぼれた。
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