小さな愛
☆☆☆☆
 子供の頃、ファッションモデルになるのだ、とアサミは信じていた。自分の将来についてさまざまな憶測を巡らし、想起し、回想をしてみたこともあった。鏡をみれば、そばかすは浮き、右目の下には小豆大のホクロがある。ふと気づけば大学卒業式を三日後に控え、一般企業に内定は決まっているが、恋の内定は未だになし。さらにいってしまえば、駅の階段から踏み外し、右手を骨折。ギブス付きで卒業式に出るはめになりそうな現実に、アサミは嫌気がさしている。
 はあ。
 鏡に息を吹きかけ、鏡が曇る。アサミは右手で鏡をこすり、手元にあったコンポで音楽を流そうと思い、止めた。というのも一輪の花が目にとまったからだ。最近、正確には二十二日前から、セントポーリアの花が自宅に届くのだ。母親が、「彼氏から?」「あなたのファン?」と娘の男の影に嬉々とした表情を向けてくるのが申し訳ない。
 しかし、セントポーリアの花を届けてくるのは誰だろう。という思いをアサミは拭えない。セントポーリアはアサミの誕生花でもある。茎がほとんど伸びずに葉を放射状に伸ばす『ロゼット』という種類だ。希少性が高く、花屋でも売っている所は限定的だろう、ことは容易に想像がつく。
 誰? 
 むしろ友達付き合いも限定的な彼女にとって誕生日を知っている人物を探す方のが簡単なわけだが、女友達の顔しか頭に浮かばない。男友達すらいないのだ。別に、そばかすをのぞけば、自分の顔に自信がないわけではない。誰だって女子という生き物は口でいわないだけで自分が一番と思い、思っている生き物なのだ。髪だってトリートメントは欠かさないし、ぷっくりとした唇は男性の性欲求を刺激するはず、なのに。
「アサミってさ、一人でいるの好きじゃん?だから男の方も近寄り難いんだよ。男に根性がないのも原因だと思うけど」
 女友達の一人がいったのをアサミは思い出す。一人が好きだ。好きだけど。結局、一人でいて楽しんでも、喜びや悲しみ、何かを共有できる相手がいてこそ、ふと一人になったときに真の幸福を感じ得るのではないか、とアサミは考える。この心境の変化はなんだろう。とぼんやり考えるが結局は骨折という自分だけ惨めな思いをしている虚しさと寂しさが原因だろうと結論づけた。

 
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