土曜の昼下がりに、あなたと

水曜日の夕方。

仕事を終えてロッカールームへ行くと、既に着替えを済ませて帰り支度をする先輩と出くわした。


「あ、お疲れ様です」

「お疲れさまー」


いつも明るく優しくて頼りになる先輩は産休を控えた妊婦さんでもある。

確か歳は私よりも二つ上の三十歳だった、と思う。

それにしても――先輩、すごくきれい。

っていうか、すっごく可愛い。


「これからお出かけですか?」

「うん。だんなとデートなの」


うきうきと嬉しそうに笑う姿は、まるで幸せのオーラでもまとっているかのよう。

いつだったか「お腹も出てきて着られる服がなくて困っちゃう」なんて言ってたけど、無理なくお洒落してる感じだし。

髪だって――私たちの職場は長い髪はまとめる規則になっているけど、それを上手にアレンジしていてとっても素敵。


「この子が生まれたら、しばらくは二人でデートなんて無理だもんね」


そのお腹に愛おしそうに手をあてて微笑む先輩。

とってもきれいで輝いている。


「あっ、いけない。私、そろそろ行くね。それじゃあ、お先です」

「お疲れ様でした。楽しんできてくださいね」

「うん。ありがとう」


にっこり笑って小さく手を振る先輩。

そして、先輩が私のまえを通りすぎた瞬間――ふわりと、花のような果実のような香りが鼻をかすめた。

とても女性らしい美しい香り。

優しくて愛らしい香り。

なんだか、とても……ショックだった。

まるで思い切り打ちのめされたみたいに。

だって、私ときたら――職場では仕事着(パンツタイプのナースウェア)に着替えるからって、通勤服も超ラフだし。

メイクだってネイルだって、華美なものは控える規則をいいことに手抜きだし。

髪だって、どうせひとつにまとめるからって気遣いなし。

ましてや、香りなんて……。

それにひきかえ、先輩は――結婚しても妊婦さんになっても、すっごくきれいで。

だんな様とのデートの為にすっごいお洒落して。

すっごく可愛く頑張ってて。

私……ダメダメだ。

先輩みたいに、好きな人のためにお洒落してる?

高哉の喜ぶ顔がみたい、って……最近そんなふうに思ったことあった?

私……好きな人のこと、ちっとも考えてなかった。

高哉の気持ち、ぜんぜん思いやれてない。

自分本位で、独りよがりで。

愛されたいばっかりで、ちゃんと愛せてなかった。

今さらだけど……ようやくちょっと気づけたみたい。

だから――頑張りたい。

彼がはっとして抱きしめたくなるような私になる。

そうとなれば……実行あるのみ!

私の作戦は始まった。
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