バターリッチ・フィアンセ
「きちんと自分の体を管理していなかった僕の父も悪いと思います。
だけど、どうしても……旦那様のせいだと思う気持ちは拭えなくて」
彼がこの家の執事になったのは、彼の父の死にお父様が同情したから――と私は聞かされていたけれど。
実際は、真澄くんが頼み込んで無理矢理に雇ってもらったのだそうだ。
父の弱みを探して、いつか復讐を遂げるために――。
「……でも、次第にそんなことはどうでもよくなっていきました。織絵様がそばにいて、無邪気に笑ってくれる……そんなことが、幸せに思えるようになってきたんです。
だから、復讐なんてくだらないことはやめようと、一旦は思いました」
「一旦は……?」
「……ええ。でも、再び僕を焚きつけてしまったのは、城戸さんです。
彼が自分と似た境遇だと知ると、自分の代わりに彼に“復讐を遂げて欲しい”という思いが顔を出し始めました。でも、結局彼にもそれができず……
ならば自分の手で、旦那様の弱みであるあなたを傷つけてしまおうと……」
後悔の滲んだ表情でそう話した真澄くん。
私は膝の上で組まれた真澄くんの両手にそっと自分の手を重ねると、彼の綺麗な黒い瞳に微笑みかける。
「でも、実際にはできなかった。――私にはそれが、真澄くんの本当の姿だと思うわ。あなたはいつだって優しかったもの。
あのまま私を傷つけるために婚約の話を強引に進めたとしても、きっと真澄くんの方が、苦しむことになったと思う」
「織絵様……」
あなたが私のそばにいてくれた長い間、私だってあなたを見ていた。
だから知っているの。
あなたが誰かを傷つけるなんて、本当はできないってこと――。
そのとき、ふいに私の左手が宙に浮いた。
視線をそこに向ければ、私の指先をそっと持ち上げているのは、真澄くんの白い手袋。
彼はゆっくりとそこに顔を近づけると、お姫様に忠誠を誓う騎士のように、私の手の甲に優しいキスを落とした。