バターリッチ・フィアンセ

「あ、あのっ!」


二人の勢いに負けないよう声を張り上げると、私は自ら城戸さんの隣に移動した。

真澄くんは目を丸くし、城戸さんは“やっと来たか”と言いたげな顔で腰に手を当てていた。


「……真澄くん、色々心配してくれてありがとう。でも、この人の側でパン屋の世界を覗くって決めたのは私だし、弱音を吐くにはまだ早いかなって思うの。
だから、今日は城戸さんの言う通りにしてみる」

「お嬢様……」


心苦しそうな真澄くんを見ていると、三条家に帰りたいという気持ちが胸をかすめる。

だけど、きっとお嫁に行くってこういうことよね。

寂しくても、家族と離れて自分の選んだ人と新しい人生を切り開く……たとえ今がお試し期間のようなものでも、本気で城戸さんと向き合わなきゃダメだわ。


「……だってさ。振られちゃったねー、執事くん」

「僕は。織絵お嬢様がそうご決断されたのなら何も言えません。
しかし……もしお嬢様を傷つけるようなことがあれば、その時はあなたを許さない」

「……そ。肝に命じとくよ」


言葉とは裏腹に軽い調子で言った城戸さんは、私の肩を抱いて部屋の扉を開く。


「本当に、ありがとう、真澄くん……」


扉が閉まる直前にそう言って振り返ると、真澄くんは穏やかさの中に少し悔しげな色を滲ませた瞳で私を見送っていた。


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