バターリッチ・フィアンセ

時間表示がゼロになっている棚を見つけると、私はさっきと同じ要領で天板を出そうとした。

けれどその棚は目線より少し高くて、私の腕は天板の重みにうまく耐えられずバランスを崩してしまった。



「――きゃぁっ!」



どうしよう、パンも天板も落ちちゃう――!

咄嗟に頭を手で押さえてうずくまり、私はぎゅっと目を閉じた。


しかし……

何かが体に当たった感触はなく、ガコン、と天板が床にたたきつけられる音だけが耳に入った。



「あっぶね……」



至近距離で聞こえた、昴さんの声。

うっすらと目を開けてみると、小さく丸まった私の身体は、彼に抱き締められるようにして守られていたのだった。


「あ、あの、ありがとうございま――――」

「どーしてくれんの、これ」


私のお礼を遮り、身体を離した昴さんが冷めた声で言ったのは床に広がる惨状。

焼きあがったのはピザパンだったらしく、コンクリートの上がトマトソースで汚れ、もちろんすべてが食べられない状態。


「ご、ごめんなさい! 今から作り直したりすることって……」

「無理。できるだけ余分な生地は作らないようにしてるから、調理パン用はもう使い切ってる。今から捏ねてる時間もないし……」


疲れたように、おでこを片手で押さえてそう言った昴さん。


……そんな。

私のせいで、今日お店に並ぶパンの種類がひとつ減ってしまったということ……?


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