バターリッチ・フィアンセ


そうじゃないの……

私が怖いのは、そうじゃなくて………



「昴、さん……」

「ん?」

「私の……名前を、呼んで……?」



……本当は、違うことを願っていた。

“私を好きだと言って”――そう言いたいけど、言えなかった。

たぶん、彼にその願いは聞き入れられないだろうと……なんとなく、わかっていたから。


それを裏付けるように、昴さんは一瞬眉根を寄せると、私から目を逸らした。


この人は、やっぱり何か隠してる。

でも、それを私に教えてくれる気はない……

どうしたら、本当の意味であなたに触れられるんだろう。

どうしたら、私は本当のフィアンセに――――



「……織絵」



しばらくすると昴さんは、ささやくように私の名を呼んだ。

静かな部屋でなければ聞き逃してしまいそうな、頼りない声だった。


「昴さん……」


それでも私の耳にはちゃんと届いたから、応えるように私も彼の名を呼び、視線を絡ませる。


そこにちゃんと私の姿を映しているのに、どこか遠くをさまよっているような薄茶色の瞳が切なくて、私は絡み合っていた手を解くと、抱きつくように彼の首に自分から手を回した。


< 87 / 222 >

この作品をシェア

pagetop