甘くて苦い

「…安住。」

私の肩に顎を乗せ、ソファーには顔を埋めた体勢のまま、さっきまでとは少し違う、落ち着いた声で速水君が私を呼んだ。

「何?吐きそう?」

「…あの日の事は、もう平気なのか?」

〈あの日〉がいつなのか、私には直ぐに分かった。

「平気って言ったら嘘になるけど、もう9年も前の事だし、そこまででは無いかな。」

私と速水君は、大学時代、同じアパートに住んでいた。

学部の違う私達は、同じ大学の学生ばかりのそのアパートで、顔見知り程度だった。

それが〈あの日〉に変わったのだ。

「俺が、今、こうしてるのも平気?」

少し呂律は回っていないが、言葉を選んで話しているのが分かる。

「怖くは、無いよ。重いけど。」

顔が見えない分、笑って答えた。

「私が今穏やかに暮らせてるのって、速水君のおかげだし。」

それは、紛れもない事実だった。
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