ユーダリル

 その為、本を読んでいるということをメイド達は知っていても、詳しい本の内容は知らない。

 だが、噂話のネタとしては十分。

 普段は大人しいメイド達が、この話で盛り上がっているという。

 その話にアルンは、珍しく頭を抱えて悩む。

 結婚後、プライベートネタは禁句となっていた。

 しかし、ウィルは追求の手を緩めることはしない。

 アルンとセシリアを天秤に掛けた場合、セシリアに傾くからだ。

 それに最近、ひとつ疑問に思っていることがある。

 それは、セシリアがアルンを何と呼んでいるかだ。

 手っ取り早くセシリアに聞くのが一番だが、アルンの口から直接聞きたいのでアルンに尋ねた。

「何故、聞く」

「好奇心」

「そのようなことで聞くな」

「別に、いいじゃない」

 妙に積極的なウィルの攻撃に、アルンはタジタジになってしまう。それに、口が裂けても言いたくなかった。

 不快感たっぷりの表情を作り、アルンは一言「嫌だ」と、言う。

 だが、ウィルがこれで諦めることはしない。

 彼は仕事の中やメイド達の話で学習した単語を、次々と口に出していく。

「呼び捨て」

「違う」

「そうなんだ。結婚前は“様”を付けて呼んでいたけど、結婚したのだから呼び捨てだと思っていた」

「彼女は、そういう人物じゃない」

 結婚以前もそうであったが、セシリアの話になるとアルンはムキになって話す。

 それを知っているので、ウィルはその点を突いて話していったのだ。

 いつものアルンであったら弟の策略を簡単に見抜いてしまうのだが、現在は興奮状態なので普段の沈着冷静さが失われていた。

「じゃあ、普通に“あなた”だ」

「何処で、それを覚えた」

「仕事先。若い夫婦でも熟年の夫婦でも“あなた”と呼んでいる夫婦を見たことがあるから」

 その言葉に、アルンの身体がピクっと反応を示す。

 何ともわかり易い反応に、ウィルの目が光った。

 この反応で普段セシリアがアルンを何と呼んでいるのか、瞬時にわかった。

 ウィルの直感が正しければ、セシリアはアルンを“あなた”と、呼んでいる。

 だが、聞いたことがない。

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