先輩上司と秘密の部屋で
「黒谷くん、……実は筋金入りの女嫌いなの。この会社の女の子だって、何人も彼に挑んでるけど、みんな冷たくあしらわれた挙句玉砕してるわ」
「そ、そうなんですか?」
資料らしきバインダーを口元に当てながら話しかけて来た美那の方を振り返り、杏奈は再び席に着く。
(高貴すぎて近寄りがたいイメージがあったけど、女嫌いとは……さすがに初耳だ)
何事もなかったかのようにキーボードを叩いている嵐士を盗み見ながら、杏奈は自分の心が無性に騒ぐのを感じた。
黒曜石のような瞳に光はなく、隙なんてどこにも見当たらない。
でも見た目が冷たいように見えて、嵐士がその内側に温かさを秘めていることを、杏奈は確かに覚えていた。
嵐士が杏奈を助けてくれたこと、その事実は、きっと一生忘れない。
だから今の美那の話が、にわかには信じ難かった。
「じゃあとりあえず、杏奈ちゃんの教育係は俺が担当するってことで……」
門倉に差し出された手を杏奈が何気なく取ろうとした瞬間、ここにいる誰もが予想しなかった出来事が起こる。
「……え?」
デスク越しに伸びて来た手の元になる人物の姿を、杏奈は腕の方からゆっくりと辿っていく。
長くて無骨な嵐士の指先は、杏奈の細腕にしっかりと食い込んでいた。