先輩上司と秘密の部屋で
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「あー疲れたー……」
初日から散々な一日だったと、杏奈は心の底から深いため息をつく。
杏奈はそのまま椅子の背もたれに寄りかかり、空席になったままの前のデスクをジッと見つめていた。
結局嵐士とは、会話らしい会話をしていない。
あれから一度だけ声をかけられたが、杏奈は目を合わせることすら出来ず、変に身構えることしか出来なかった。
嵐士がおおまかな仕事の流れを説明してくれているというのに、杏奈の頭にはほとんど何も入ってこない。
質のいい低音の声が脳の中枢を麻痺させ、杏奈の思考能力を奪っていく。
ぼんやりしている杏奈に痺れを切らしたのか、嵐士は簡単な雑務処理を命じると、そのまま取引先企業との打ち合わせに向かってしまった。
営業の仕事は思った通り大変で、一日のほとんどが外勤の業務になるらしい。
だから定時で上がる人の方が希で、杏奈が退社する時刻になっても嵐士が会社に戻ってくることはなかった。