先輩上司と秘密の部屋で
隼人にはそんな覚えないのだが、杏奈が言うのだから間違いないのだろう。
無意識に掴んだ手を、離さなくて本当に良かった。
隼人は喜びを噛みしめながら、杏奈の髪の生え際に、そっと長い指を通していく。
杏奈はどこか申し訳なさそうな顔で、視線を隼人の顔全体にさ迷わせていた。
「彼とは別れたの。……振られた。人の気持ちって……あんなにあっさり変わるものなんだね」
肩を落としている杏奈の瞳に、悲しみの色が広がる。
(……そんな男のために、杏奈が心を痛める必要はないよ)
待ち望んだその報告に、隼人の口元が微かに緩んでいた。
「心配かけてごめんなさい。また……ここで暮らしてもいい?」
「当たり前だよ。ここは杏奈の家でもあるんだから」
杏奈の目尻が赤くなり、そのまま胸にそっと顔を埋めてくる。
辛くなったらここにおいでと、何回言い聞かせてきたのか、隼人本人にすらわからない。
それは子供の頃から変わらない、隼人の役目。
杏奈が泣ける場所は、唯一隼人の腕の中だけだった。