甘く響く
帰りの車の中

今日の出来事を思い出していた

アルが見た夢
見たこともない綺麗な3兄弟
大きく膨らんだリンリンの蕾

そして
何度か聞いたあの音


「あの、ゼルさん」

後部席から声をかけると
助手席にいたゼルは顔だけこちらに向けてくれた

「栽培場以外でリンリンが咲いているところってありますか?」

レイの問いかけに
ゼルは一瞬考えた

「いえ、ありません。屋敷の裏手にある森に自生しているかもしれませんが、自生が咲く季節ではありませんからね。」

それもそうだ
リンリンは6月に咲く花
まだ春先の今咲く花ではない

「…どうかしましたか?」


「あ、いえ、お屋敷にいる間、何度かリンリンの音を聞いた気がしたので…」

たぶんあれは気のせいだったのだろう
そう、思うことにした


しばらくして
車は朝と同じように店の前で止まった


「お役にたてず申し訳ありませんでした」

車から降りて深く頭を下げると
ゼルの優しい手が背中を撫でた

「いえ、もしよかったらまたいつでもコーヒー飲みにいらしてください。裸足で栽培場の中を歩いていたあなたはリンリンの妖精のようでした。とても美しい」


優しく笑うゼルの言葉が恥ずかしくて
レイは頭を上げても視線は落としていた


「また何かあったらご連絡させていただきます。ごゆっくりお休みください」


ゼルの乗る車が走り去って行くのを見送り、レイは店の中へ入った


「あら、おかえりなさい。どうだった?」

出迎えてくれたジーンはレイからカバンを受け取って
すぐにコーヒーを淹れる準備をしてくれた


「リンリン、もう咲きそうなのに咲いてなかった。リンリンより綺麗な男の人たちがいっぱいいた」

急に襲ってきた疲労感
レイは店の奥にあるテーブルについた


「いいじゃないの。ヴァイオレット家のお屋敷に入れるなんて一生に一度あるかないかなんだから。いい思い出だと思えばいいじゃない」

ジーンが出してくれたコーヒーをすすりながら
レイは力なく何度か頷いた
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