私が恋した男(旧題:ナツコイ~海男と都会男~)
「ありがとうございます、ここで大丈夫です」
「分かった。気をつけてな」
「はい。海斗さんも」
「俺は心配されることは無い」
「でも、お手伝いをして思いました。こんなにも準備が大変だと思わなかったですし、(漁が)好きじゃないと出来ないよなって」
「俺にはこれしかないから……、生きていくにはこれしかない」

 海斗さんの表情はどこか寂しげで、もしかして触れてはいけないことに触れてしまったかもしれない。

「あの、海斗さ―…」
「明日も漁があるから、帰る」

 海斗さんは踵を返して去ってしまった。

 どうしよう、絶対に海斗さんを傷つけてしまったよね。

 あんな風な表情を見たのも初めてだけど、そうさせてしまったのは私だ。

「私って最低…」

 言い聞かせるように呟き、追いかけたいのに足が動かなかった。

 追いかけて謝ってもそれは私だけが満足するだけで、海斗さんの心が晴れることはない。

『まもなくS駅行きの電車が発車します』

 駅から電車が発車するアナウンスが流れ、この電車を逃してしまうと帰れなくなってしまう。

 後ろ髪引かれる気持ちのまま切符を買って、電車に乗った。

 窓から見える空の色は夕暮れから暗闇に切り替わるところで、今の私の気持ちみたい。

 どんよりと海の暗い底に沈む感じで、海斗さんも私が発した言葉で沈んでいるのかな。

 今度の取材で訪れたら、真っ先に謝ろう。

 そうじゃないと海斗さんとは話すことも出来なくなっちゃうし、会うことも出来なくなっちゃうから、それだけは嫌。

 胸がチクッとして、部屋に戻ってからも海斗さんのあの哀しげな表情が脳裏に焼き付いていた。
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