私が恋した男(旧題:ナツコイ~海男と都会男~)
パソコンの画面にはこれまでに宇ノ島を取材してきた文章と写真で埋まっていき、そして最後の担当者の後書きの文章を打つ。

「『…です』と」

キーボードを打つ指を止め、マウスで原稿のデータを保存したと同時に、脱力して体を椅子の背もたれに寄せた。

「出来たか?」

斜め前に座る姫川編集長は缶コーヒーを一口飲む。

「出来ました。今印刷を刷るので、チェックをお願いします」

マウスを使ってパソコンの印刷の指示をだすと、プリンターから次々と印刷された用紙が出てきて、最後のページまで出たのを確認し、それを束ねて姫川編集長に渡した。

姫川編集長が、眉間の皺を深く寄せながら原稿を読んでいるこの時間が一番緊張するなぁ。

私は読み終わるまで椅子に座るけど、一気にキーボードを打ったせいか、背中のコリも酷いし、目も長時間パソコンを見ていたからしょぼしょぼ…、でも最後まで書けたことにやりきったと言える。

最後のページまでくると姫川編集長が静かに用紙を机の上に置き、椅子から立ち上がって席を離れ、私に背を向けてズボンのポケットからスマホを取り出して、何処かへ電話をかけ始めた。

「俺だ。ああ…、俺たちのページは出来たと、そこにいる水瀬と荒木に伝えろ。ついでに、徹夜続きだから俺たちは有給使って休む。あぁ?休みたきゃ仕事してからにしろ」

何となく電話の相手の想像が…、それよりも出来たと言うのは私の原稿はー…と期待に胸が膨らみ、電話を終えた姫川編集長は盛大に溜息をつくと、私の方に振り返った。

「ここまでよくやった。俺たちの原稿は完成だ」
「あ、ありがとうございます!」

完成…、その言葉を聞いた瞬間にここまでこれて良かったと思い、視界が滲む。

「途中、情けないことを言ってすいませんでした」
「否定はしねぇ。高坂の許可とったから、今日は俺たち有給だ。もうすぐ朝になるし、原稿は俺が印刷所にバイク便で届けるから、先に帰って寝ろ」
「ありがとうございます!」

荷物を纏め、姫川編集長に一礼をしてから編集部を出た。

四つ葉出版社のビルを出て空を見上げると、夜明け前特有の灰色と白が入り交じっている空色で、結構な時間を編集部で過ごしていたんだな。

藍山駅前に向けて歩くけど、徹夜明けだと足がおぼつかなくて、電車の椅子に座ったら確実に寝過ぎで乗りすぎるよね。

駅に着いて始発の電車に乗って、椅子には座らず吊り革につかまって、なんとか地元の駅まで乗り、自分のアパートに着くことが出来て、靴だけ脱いで、着替えるのも億劫で、ベットに横になった瞬間、意識が飛んだ。
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