私が恋した男〜海男と都会男~
「他の編集部の皆さんはどうしたんですか?」
「スポーツ部は取材で出払っていて、水瀬のところはスタッフが限界だって言って、水瀬も一緒に全員帰ったぞ」

 といういことは、この編集部にいるのは私と姫川編集長の2人だけってことになる。

「何だ、飯を買ってきたんじゃないのか?」
「えっ?あっ、あの、プリンを買ったので良かったらどうぞ。目の下のクマが凄いですし、甘いものを食べると疲れが取れるかなーって。甘いものが好きじゃなかったら、私が食べます」

 ぼさっとした意識を取り戻し、コンビニの袋に入れていたプリンとスプーンを取り出して姫川編集長の机の上に置いたら、姫川編集長はプリンを手にとって笑った。

「…………ありがとな」
「はい」
「いただきます」

 姫川編集長はプリンを食べ始め、私も席に座ってプリンを食べ始めながら、さっきの姫川編集長の顔を思い出す。

 あんな風に笑うんだ…、姫川編集長がプリンを手にとって笑うのを見て、今まで眉間に皺を深くして厳しい表情しか見たことが無いから、とても新鮮に感じたし、もう少しその笑った顔でいてくれると、仕事もしやすいのにな。

「会議で話した路地裏の件だが」

 姫川編集長がスプーンを持っている手の動きを止め、私の方を見る。

「えっと…、一方的に話してすいません」
「俺はそういう意味で言った訳じゃねぇ。お前がその地域にした理由には、惹かれた何かがあるんだろ?」
「はい。どうしてもその地域を書きたいと思っています」

 ヨシハラのお爺さんを始め、ヒデ子婆ちゃん、海斗さんたちが暮らすあの地域や路地裏を私なりに掘り下げてみたくて、読者にも訪れて欲しいと強く願っているから書きたいのだ。
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