私が恋した男(旧題:ナツコイ~海男と都会男~)
「暗くならないうちに帰るぞ」
「待ってください!」

 姫川編集長の大きな手が離れ、先に展望台から歩きはじめるし!どんどん先に行かないで!

 タクシーで宇ノ島駅に戻ると、切符売り場には大勢の観光客が並んでいて、これは座って帰れないし、ここから立ったままとなると相当な覚悟がいるかも。

「切符を買ってくるから待っていろ」
「はい」

 姫川編集長が切符売り場の横にある窓口に行ったので、戻ってくるまで近くの待合室のベンチに座る。

 バックから手帳を取り出して、海の家で打ち合わせをした撮影スケジュールの確認をすると、季刊は『Focus』との同時進行だし、本当にタイトだな。

 進行状況によっては徹夜になる場合が出てくるけれど、以前水瀬編集長から姫川編集長が早く帰らせる理由を聞いて、もっと効率よく仕事をしなくちゃ。

「待たせた。指定席を取ったから、行くぞ」
「はい」

 戻ってきた姫川編集長と共に改札を通ってホームに停車している電車に乗り込み、立ったまま帰ることを覚悟していたけれど、指定席が取れていて良かった。

「お前は窓側に座ってろ」
「はい」
『ご乗車ありがとうございます。T京行き、発進いたします』

 車内アナウンスが流れて電車が動き出すと、私は窓側に座った瞬間に疲れがどっと出て、朝から出かけていたのもあるし、今日一日で色んな事が分かったなぁ。

 海斗さんと姫川編集長が兄弟だってこと、2人の両親が離婚した理由、姫川編集長が季刊で宇ノ島を取り上げたかっ―…、ここで寝ちゃったら姫川編集長にわる―…。

 誰かに頬を撫でられているような…、大きくて温かくて…、海の家で木材が倒れそうなところを助けてくれた海斗さんの笑顔と頬を撫でた温もりを思い出す。

「ん…、海斗さ…」
「…………海斗なんかより、俺にしとけよ」
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