桜が咲く頃~初戀~
『何にも無いけど』

香奈の返事は紀子には独り言の様な呟きに聞こえた。

油の中に溶いた玉子がパチパチと跳ねながらフライパンに広がった。

オムレツが出来ると紀子はテーブルに3つ並べてから忙しそうに味噌汁のお椀に湯気が立ち良い香りのする味噌汁をよそおいながら

『おばぁちゃんが髪の毛伸びたから床屋行きたいって言っていたし。美容院にも連れて行って上げたいし』

そう話しながら香奈の目の前にお味噌汁のお椀を置いた。お味噌汁の湯気が香奈の顔を優しく包んだ。

紀子はまだ彩未が寝ている部屋の襖を開けて


『彩未。もう起きんとあかんよ』


と言って部屋に上がると寝ている彩未に近づいた。


『はぁいっ』

彩未の寝惚けた返事がやたらに声が大きくて香奈は笑わずにいられなかった。まだ眠い彩未は布団に更に潜ってモゾモゾと動いていたが。紀子は布団の上から優しくよしよしと撫でてから今度は面白そうに笑いながら『それ〜』と言って思いっきり布団をはがした。

彩未は大変迷惑そうなしかめっ面になり両手を太股の間に挟むと身震いしながら小さい身体を丸にした。まるで猫みたいな彩未が可愛く思えて香奈は声を上げて紀子と一緒に笑った。


こんな自然に笑い合えるのは何年ぶり笑笑なんだろう?

香奈も紀子もそう思ったら嬉しくて泣きそうになるのだった。
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