桜が咲く頃~初戀~
その言葉に香奈は自然と頭を左右に振った。

『その話をしてほしかったんよ』

そう言って香奈は月の明かりの中で静かにたたずむ桜の樹を見上げた。

2人はおばぁちゃん家の縁側に肩を並べて座り少し肌寒い春の始まりの風が雨の匂いと混じってる風な空気に気持を整えた。圭亮は月の明かりに浮かぶ山を見ながら優しく微笑むと話をし始めた。


『俺が泣いていると後ろから〈オトコダロ ナイテハイケナイヨ〉って声がしたんよ。振り向いたら俺より少した大きな男の子が悪戯笑いをしたんよ「アンタ誰?」って聞いたらその子は笑いながら〈コトダマ〉って答えた。俺は隠れんぼの鬼がどっか誰かの友達と変わったのかと。やっと見つかったんだと思って益々泣いた』

その時圭亮は服の袖で鼻水を拭きながら泣いた事は黙っておいた。

圭亮はその様子を思い出してクスクスと笑った。香奈は何の事か分からなかったがそんな圭亮の横顔にまた胸が小さく縮み小さくなった。そんな胸を思うと香奈はやりきれない気持で一杯になった。

そんな圭亮との距離に香奈は自分の中の孤独が少しづつ溶けだして行くような感じに少し戸惑った。


2人はおばぁちゃん家の縁側で夜の色んな音を身体ごと受け入れるかのようにじぃっとしたまま聞いていた。


優しく静かな夜だった。
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