桜が咲く頃~初戀~
『バァの幼い頃やった』

おばあちゃんは両手でぴちゃぴちゃとお湯を何度か組んだ両手を握ったり少し離したりしながら鳴らして香奈の顔を見た。


『今日の香奈と同じにバァは迷子になってな。暫く泣いてたらなじいちゃんが前から歩いて来たん。バァは一目でじいちゃんを好きになってしもうた。色の焼けた顔にな優しげな物の言い方や背中を真っ直ぐにぴぃんと伸ばした姿はほんまに素敵やったよ。香奈は知らんと思うけんど。あっこの場所は昔から言い伝えがあるんよ』


おばあちゃんはそこまで話すとお風呂の隅っこで小さくなっている石鹸をしげしげと見ていた。

『昔話しやで。この村にはほんまに色白で綺麗な娘さんがおってな。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花っう文句が大変似合う娘さんやったそうや。名前は桜子ったなぁ。桜子はまだ苗木程しか無かったあの太い桜の樹を毎日愛でに行っとったんやと。あっこの空はまだ広く見えてたから桜子はそれが好きじゃった言う人もおるけんど。何時までも空を見上げていたんやと。桜子はな、重い病やったらしくそれが1番の楽しみやったらしいわ。1個年下の弟と大層仲良くて何時も一緒におったと。しかしな、血の繋がりは無かった。ある日桜子は高熱を出してな天国に召されたんやそうや。まだ15歳やったと。また15歳やで。香奈』

おばあちゃんはそこまで話をしてから逆上せるからと言って風呂の小さな窓を開けた。そこから一気に冷たい風が入って来て香奈の火照った顔を心地よくさせた。
< 72 / 222 >

この作品をシェア

pagetop