桜が咲く頃~初戀~
『彩未、一緒に行くんやったら迷子にならんようにちゃんとお姉ちゃんの側にいるんよ』

自然に流れ出た優しい言葉に香奈は少し照れくささを感じた。あんなに鬱陶しいと思っていた小さな妹がこんな可愛らしいと思ったのは初めてだった。

『うん、彩未ちゃんとするぅ』

彩未のそんな一言がさらに香奈の胸をホッコリとさせた。



『じゃあ、彩未ちゃん行こう』

圭亮はそうニッコリと笑うと彩未に手を出した。

『彩未な、お姉ちゃんと手をつなぐねんで』

そう言いながら彩未は香奈の服の袖を引っ張った。それを見ていた紀子は「あはは」と高い声で笑い香奈は照れくさそうな顔を見てまた少し目頭を押さえた。年を取るとこんなにも涙脆くなるものかと心で誤魔化しながら。

3人はおばぁちゃんの家を出てあの大きな桜の樹がある場所まで来ていた。彩未はクリクリとした大きな目を更に大きく開いて声も出さずに桜の樹を見上げていた。


『あっ!』

彩未の少し驚く声に香奈は繋いでいた手をギュッと握り締めていた。

『どうしたん?彩未、何か見えたん?』

香奈は彩未の目の高さまでかがみまだ彩未が見上げている木の枝を見上げた。

『コトダマ…』

圭亮の呟く声に香奈は一瞬目を瞬かせじっと周りの枝を見渡した。しかし香奈には何も見えなかった。

『彩未、何か見えるん?圭亮君みえてるん?』


香奈はもう1度聞いてみたのだけれど彩未は相変わらず身動きせずにただ瞳をキラキラさせて見上げているだけだった。

そよそよと静かに風に揺れる枝の囁きをただ2人は聞いていただけなのかも知れないと香奈は思うようにした。
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