桜が咲く頃~初戀~
『あぁ子供生まれたらどうせ行けないし。親にもそろそろ話さないとね』

圭亮が部屋の炬燵に座りテレヒを観ながら味噌汁と卵焼きの少し遅い朝食を取りながら、綾香には興味無い様な言い方で小さな声で答えた時だった、綾香が突然に笑い出した。

圭亮はその綾香の可笑しな笑い方に唖然としながら綾香が笑う意味が全く分からなかった。


『何が可笑しい?』


そう聞いた圭亮を綾香は鋭い眼差しで一瞥した後隣の寝室にズカズカと足音をワザと立てながら入って行った。

もう、数ヶ月の間圭亮と綾香はその寝室で一緒に休んだ事が無い。

圭亮が何時も炬燵で寝てしまうからだ。

そして、綾香は寝室の押し入を開けて中から圭亮が上京する時に持って来ていたボストンバッグを引っ張り出しおもむろに開けると1冊の文庫本を取り出した。


「銀河鉄道の夜」


これは、ある日伊藤のおばぁちゃんの家の縁側に置かれていた表紙の無くなった文庫本だった。

圭亮は香奈がさっき迄ここで読んで居たのを知っている。香奈が大阪に帰る日の夏休み最期の1日前の朝だった。圭亮は今、出たばかりのバスに乗った香奈を自転車で追いかけた。バスは1番目の停留所で1人の客を乗せている所だった。


『香奈ちゃん!忘れとるよー!』

バスに追いついた圭亮は香奈の座っている座席の下に行き叫んだ。香奈は何時もバスの窓を数センチ開けるのを圭亮は知っていた。





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