ストレイ・キャット☆シュ-ティング・スタ-
 会社に戻ると、先輩社員から会社帰りに「一杯どうだ」と誘われてしまい、ぼくは断りきれずに夜の街に繰り出した。今夜、久留美にサヨナラメールを送るために、早く帰宅しようと思っていたのに、とんだ予定外。

 渋谷の街は多くの人で溢れかえっていて、ぼくのこころとは違い陽気なムード。居酒屋に入りビールを注文するが、いつもより苦く感じる。

(うわぁ~、もう八時だよ。早く帰りたい……)

 時計とにらめっこしながら、抜け出す口実を考える。

(ここは、妊婦の珠希に力を借りるとするか……)

 ぼくは、久留美にメールを送りたいがために、妻、珠希を口実にして、でたらめな理由をいってその場を上手く抜け出した。珠希の顔が脳裏にちらつく。こころ惹かれているメル友、久留美にサヨナラメールするために身重の珠希を借り出すとは、自分でも酷いことをしていると思った。が、これ以上、珠希を裏切らないでいようとする、精いっぱいの気遣いでもあった。

 そしてようやくぼくは自由になって、ひとり居酒屋をあとにする。

「寒い……」

 街はネオンライトに色付き、夜風が走る。ぼくはTAXIを停めて、マンションへ急ぐ。今夜、久留美にサヨナラをするこころ構えが出来ているはずなのに、なぜだか足先が重い。信号待ちのTAXI、目の前の暗闇に浮かぶライトが、赤い丸のままでいてくれたらと思ってしまう。


 あと数分後には、久留美に最後のメールを送ってサヨナラしてしまう。これでいいのだろうか? 


 こころに傷を持つ久留美。身体に異変を持つ自分。こんな自分では久留美に何もしてやれないけれども、それでいいのかと今になって思ってしまう。目の前の信号たちは、赤いままでいてくれることは当たり前になく、ぼくの乗ったTAXIは、ズンズンと上野に在る自宅マンションに近づいていく。

 近づく速さが、久留美との別れを現実のものへと変えてゆく。


 あと数分後には、久留美に最後のメールを送ってサヨナラしてしまう。これでよかったんだ……。

(久留美とは、これでよかったんだ)

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