ファンレター
十が息を詰まらせながら、人さし指の第二関節でメガネをすっと持ち上げた。
そんなことないって
お前だけは特別だって
そう言ってほしかったけど、あの日駅に行かなかった私は、十からその言葉を伝える資格を奪ってしまったんだ。
「もう少し歩くと、海が見えるよ」
話題を変えるように、十が言う。
小さな噴水の奥で、船の音が聞こえた。
「こっち来て!」
やっぱり子どもみたい。
十は私の前を、海面に広がる柵をめがけて走って行った。
橋の下を通る船を覗き込んで、くるっとこっちを振り返る。
背中で柵に寄りかかり、腕で自分の体を支えながら、後ろから歩いてきた私に視線を注いだ。
周りには、多分いくつかのカップルの姿があったと思う。
でも私の目からは、全てが消えてた。
目の前に十がいて、そこへまっすぐ歩いていく。
やがて隣で海を見た。
海はあまりに大きくて、私と十の間をとても近く感じさせた。