やまねこたち
そこで異変は起こった。
体が熱い。
気温は低いはずなのに、汗が出ていたんだ。
寒がりだから、冬に汗をかくなんてこと、滅多に無いのに。
しかも、たった今まで集中していたから、汗をかくと言う機能にまで手が回らなかったはずだ。
喉が特に酷かった。
焼け爛れるような、なにか毒を塗られたみたいな、そんな熱さ。
これはまじでやばいかもしれない。
あたしは急ぎ足でその敷地を出た。
きちんと施錠をして、完全密室を作り出す。
そうやって施錠をする細かい作業にさえ集中できないくらい、熱い。
なんだか頭も痛くなってきた。
それも、いつもの二日酔いの痛さじゃない。
割れそうなくらいの痛さ。時々視界が暗くなる。
ま、まずい。これは本気でまずい。
まさか、仕事中に体調不良を起こしてしまうなんて。
なんで?インフルエンザ?ちがう、いつ?なんでいきなり今?
まさか、ターゲットの家に毒が飛散していたとか?
いや、それはない。だってSPもターゲットも普通にしていた。
そういえば今日は、ここに来る前から寒気が酷くて…
敷地の塀を乗り越えた時には、その不調はマックスになっていた。
吐く。吐く。吐く。どうしよう、やばい。
せめてここから数キロは離れないと。
しっかり歩かないと、不審がられる。
どうしよう、体が動かない。なんでこんなに熱っぽいんだ。頭が重い、喉が焼け爛れる、眩暈がひどい、吐き気も酷い。
あたしの人生の中で、1番全部の器官が悲鳴をあげている気がする。
あぁ、やばい。
倒れる。
立てないと確信して、あたしは咄嗟に近くの公園の植木の中に飛び込んだ。
枝が体中を傷つけて痛かったけど、今はそれどころじゃない。頭と喉のほうが痛いし。
やだ、どうしよう。人がきたらどうしよう。
戸籍もないし、病院なんかに連れて行かれたら、あたしは一発で刑務所だ。
目を開けていられない。脳みそが揺れているみたい。
「…こ、艶子!」
声がした。
はっと顔を上げて、あたしはその場から逃げようとした。
やばい、人が来た。
「艶子!俺だ」
「ちょ、はなし」
植木から飛び出たところだった。
上手く立てなくて、頭から着地しようとしたところを、見知った黒髪が前を横切る。
「艶子、しっかりしろ。俺だ、蓮二だ。わかるか?」
倒れたあたしの体を支えたのは、蓮二だった。
「れ、…」
言葉が紡げない。
ひどい喉の痛みで、声すら出なかった。
「悪い、これは全部俺のせいだ。まじごめん。家に帰ったら説明する。それまで耐えろ」
蓮二の言っていることが分からなかった。
全く持って、脳みそに入ってこない。
耳から耳を筒抜けていくような。
蓮二があたしを抱きかかえる。
そして、車に押し込まれたのが分かった。
この匂いは、パパの車だ。
運転しているのは蓮二。きっとパパから借りてきたんだ。
気持ち悪い。とにかく、胃の中にあるものすべてを吐き出したかった。
あたし、何か食べたっけ。食中毒かな。
蓮二がしきりにあたしの名前を呼ぶけど、応える事も、声を出す事もできなかった。