恋文
真面目な顔して運転する悠哉さんの横顔を盗み見る。
真面目な顔して、スピード出しすぎ。
「悠哉さん、ここの制限速度知ってる?」
「え?50キロ?」
「今、何キロ出てる?」
「80。」
よくも、まぁ、そこまで平然と答えられたものだ。
60とか70とかなら許したかもしれないけど、80はダメだよ。アウトだよ。
測量やってた瞬間に死ぬヤツだよ。
てか、測量やってなくても、肉眼でバレちゃうよ。
「軍曹、それだから貴様は軍曹なのだ!」
「え、俺が軍曹?」
少しスピードを緩めながら、悠哉さんがケラケラと笑う。
「そ!アタシ隊長ね!」
「隊長、学校楽しいですかー?」
すっかり逆転した立場で、何故か父親みたいな質問をしてくる。
質問が急だなー。
「勉強以外はねー」
「何になるとか決めてるの?」
「んーん。まだ。」
「今のうちに決めといた方が楽だよ~!俺は高校生の時に決めときゃ良かった!って後悔してるもん。」
「でも、軍曹は普通のサラリーマンでしょ?仕事あるだけ良いじゃん。違うの?」
悠哉さんは「まぁ、そうか。仕事あるだけ良いのかもねー。」と呟いたあと、「でも、俺は後悔してるんだ。」と噛み締めるように、苦笑した。
悠哉さんは幸せそうに見えるけど、もしかしたら今の仕事が嫌なのかもしれない。
アタシみたいな自由な人間はレールのない道も歩けるけど、悠哉さんみたいな社会に出てしまった大人はレールから脱線する訳にはいかないのだろう。
社会はそういうものだと、アタシは習った。
1人の小さな失敗が、周りに迷惑をかけ、会社の大きな負担となる。
だから、大人は自分の発言に責任を持っているのだ、と教わった。
「悠哉さん」
「あれ?隊長と軍曹ごっこは終わり?」
「うん。暑くてやってらんないよー」
「そう?涼しいのにー」
とか言いながら、車の温度を下げてくれる悠哉さんが優しすぎて辛い。
「悠哉さんは大人だから、自分の発言に責任持ってる?」
「責任?」
「うん、責任。アタシ学校で『大人は自分の発言に責任を持っている。』って習ったんだけど、テレビで見る限り、大人もアタシと一緒で言い訳ばかりだから。どっちが正しいのかなって思って。」
アタシの質問に、うーん、と唸る。
答えのない質問だったかな?
「そもそも大人ってなんだろうね。」
困ったように笑いながら、悠哉さんが聞き返す。
「んー20歳以上の人?」
「まぁ、法律上はそれで合ってるんだけどね」
法律上。
それは、あくまでも紙の上の話。
人間はそんな紙の上の〝約束〟のおかげで平和を保つことが出来る一方、それに縛られて生きている。
そう言ったのはどこの政治家だったろうか?
悠哉さんみたいな大人だったろうか?
「俺は年齢は関係ないと思ってる。だって昨日まで19歳で子供でしたーって人が、20歳になった途端に大人ですってなると思う?」
「無理。」
「でしょ?いくら歳を重ねても、子供っぽい人は子供っぽいし、逆にどんなに若くても、ヘタな大人より大人っぽい人だっている。だからさ、自分の発言に責任を持てるようになったら、それが大人になったってことなんだと思うよ。」
こういうこと言わせると、悠哉さんも大人っぽいな、と感心しながらも、少しおかしくて笑ってしまった。
あんなに子供っぽい人が大人について説くなんて、ちゃんちゃらおかしい。
「なんで笑うのさー」
「笑ってないよー、悠哉さんが大人っぽくて驚いてるだけー。」
ちゃんちゃらおかしいけど、それが良い。
もし、もしも、悠哉さんが言ったことが大人の基準として合ってるなら、アタシは大人になれるだろうか。
それとも、どちらでもないのだろうか。
きっと後者だろう。
どちらでもない、子供と大人の曖昧な境界線に揺られながら生きていくのだろう。
悠哉さんはどちらなのだろうか?
子供っぽいけど大人。
結局、悠哉さんはアタシとは違う。
尊敬すべき、立派な大人。
「俺、大人なんだけどー!」
口を尖らせて文句を言うけど、それでも、会社では威厳を纏ったオーラでも醸し出しているのかな。
「知ってるよ。」
「本当かよー」
「本当本当。それより、北極まだ?」
「まーだまだ!でも、きっとハルちゃん喜ぶと思うよー!」
これから着く北極が、どんなにつまらなくても、アタシは楽しいと思う。
悠哉さんが隣にいるだけで、どこでも楽しいと思える。
アタシは随分と安っぽくなったものだ。と、1人苦笑しながら、ゆっくりと目を閉じた。