恋文
「…ルちゃ…!…ハル…ん!ハルちゃん!ついたよー!」
「ん~~…?」
「こんな猛暑によく寝てられるねー。若いって良いなー」
アタシの顔を覗き込むようにして笑う、綺麗な悠哉さんの顔が近い…。
寝ちゃってたのか。
あー、蒸し暑い。
車の中でさえ、じゅうぶんに蒸し暑いんだ。きっと外は、もっと暑い。
「北極行かないの~?」
「行く行く。」
「あははっ寝起きなのに元気だ!」
悠哉さんの笑顔に癒されながら、車から出る。
車の中の蒸し暑さが愛しくなるほどの熱風が、汗ばんだアタシに覆い被さる。
風があるのは良いんだけど、これじゃあ、熱風をかき混ぜてるだけだよ。
むしろ、風なくて良いです。
眩しく輝く太陽に背を向けながら辺りを見回す。
「…なにこれ。」
『氷の世界』と書かれた建物を見て絶句する。
でかい。
なんか、でかい。
「スゴいでしょー!まだ営業してないんだけど、普通に使えるんだよ。」
「勝手に使って良いのー?」
「ぶぅ。勝手にじゃないよー。だってこれ、俺が管理してるヤツだもん。」
悠哉さんは、自慢気に鍵を見せつける。
たぶん、この建物の鍵。
「ウソだぁー!」
「ウソじゃないってば!」
悠哉さんは正門玄関の脇にある、〝staff only〟の扉をカチャリ、と開けた。
そして、自慢気な笑み。
「悠哉さんスゴい!なんで!?」
「えへへ~!これ会社で扱ってるヤツなんだけど、ここの管理は俺の担当なの。だーかーら!使っても良いでしょってこと!」
「へぇー!どこの会社?」
悠哉さんに先導され、扉の奥に進む。
道は薄暗くて、少し涼しい。
「んー、内緒~!ここが営業開始になったら分かると思うよー」
「えぇ。ケチー!」
「ケチで結構。」
悠哉さんは、何故か会社の話をしたがらない。
だから、どこで働いてるのかもしらない。
もしかしたら、ヤのつく職業か、ホストかとも思ってたんだけど、建物の管理をしているところを見ると、どうやら普通の会社らしい。
こんな若造に一任しちゃって良いのかねぇ。
仕事場で遊ぼうとしてますよ、この人。
「あ、ハルちゃん。これ着て」
悠哉さんから渡されたのはモフモフのコート。
え、いや、確かに涼しいけど、いくらなんでもコートはないでしょ。
え、なんで悠哉さんコート着てるの?
「ほーら!」と、悠哉さんに諭され、コートを羽織る。
モフモフが気持ち良い。
「ハルちゃん!」
少し先の道から悠哉さんが叫ぶ。
悠哉さんの前には1つの扉がある。
それに、手を掛けながら、
「オープンッ!!!」
バンッと開かれた扉の隙間から、涼しい、むしろ寒いくらいの空気が流れ込み、アタシの頬を撫でるように通り過ぎる。
名前からして、なんとなく予想はしていたけど、ここまでとは。
アタシの目の前には氷の世界が広がっていた。
一面の氷。
氷のテーブルと椅子にカウンター。
滑り台、雪ダルマ、氷の柱。
ア○と雪の女王みたいだ。
「すっご…。」
「どう?どう?綺麗でしょ?」
「うん!!スゴいよ!!スゴい!めっちゃ綺麗!!なんてゆーか綺麗なんだよ!!」
アタシが興奮気味に答えると、悠哉さんは嬉しそうに笑った。
まるで、自分が褒められたみたいに。
「でしょ!?俺ここ気に入ってるんだ~」
氷の世界の中心にある大きな柱に近付く。
悠哉さんは、それに手を触れながら、とても愛しそうに微笑んだ。
「この柱にね、水をいれて、水槽にする予定なんだ。魚をたくさん泳がせる。きっと、もっと綺麗になるよ。」
アタシのことを『綺麗だ』と言った訳じゃないのに、頬が赤くなるのを感じる。
その赤らみを隠すために、アタシも氷の柱に触れてみる。
ひんやりと冷たい感覚が手から脳へと伝わって行く。
この中に魚を入れるなんて、よく考えついたなぁ~。
プロは違うね。
なんの魚を入れるんだろう?
「良いね。魚は金魚が良いな。」
とりあえず、アタシの身近な金魚から挙げてみると、
「金魚?」
と、案外、食いついてきた。
じゃあ、オープンする前に女子高校生の意見でも言っておこうかな。
「そう。色とりどりの金魚を入れて、水槽の中にカラーライトを入れるの。そしたら、その光が氷を通って淡い色で氷の世界を包み込んでくれる。きっと、もっともっと綺麗だよ。」
目を閉じながら、そうなった時の情景を思い浮かべる。
うん。きっと、もっともっと綺麗だ。
いや、絶対。