恋文
アタシの貪欲な願いは、思いに変わって、妬みへ繋がる。
顔も知らない奈美さんへの、一方的な理不尽な妬み。
悠哉さんは、奈美さんもここに連れて来たのか、とか、今は誰のことを考えているのか、とか、悠哉さんへの疑問ばかり。
もし、悠哉さんがアタシを特別だと思って、ここに連れて来てくれたのだとしたら、それは夢のような幸せ。
『これ以上を望まない。』
何度も何度も、繰り返し言い聞かせてきた呪文がバカみたいに綻んでしまう。
悠哉さんが優しすぎるから。
まだ、悠哉さんの顔を見れずにそっぽを向いていると、
「ハルちゃん。こっち見て?」
と、優しい声。
アタシは少し躊躇ってから、
「…ヤダ。」
と、言うと、悠哉さんの不満気な声が、氷に反響して聞こえた。
「なんでー?滑り台でもしよ?」
「あとで滑るから、先やってて。すぐ行く!」
それまでに、この早まる鼓動を落ち着かせるから。
「…うん。」
悠哉さんの声が、あまりに寂しげで。
折角連れて来て貰ったのに。
アタシのせい、だよね。
バリッと氷を踏む音が聞こえる。
謝らなきゃ…っ!
そう思い、バッと振り返ると、すぐ目の前に悠哉さんが立っていた。
悠哉さんの体とアタシの鼻先が触れあう程に近い距離に、アタシは心臓が止まるんじゃないかってくらいに、驚いた。
「やっと、こっち向いた!」
バカ。バカ。悠哉さんはバカだ。
バカに正直で、バカにカッコ良くて、いつもアタシを惑わせる。
この笑顔に、何人の女の子が惚れ込んだのか、教えて貰いたいものだ。
「あれ?ハルちゃん、顔あか…」
「くない!!」
「え、でも…」
「赤くない!!!」
「もしかして、照れてるの?」
この人は分かっていて聞いてるのだろうか?
そんな顔して聞かれてしまえば、ウソなんてつける筈ない。
ズルい。悠哉さんはズルい。
「顔、真っ赤だよ。ハルちゃんって分かりやすい!!」
悠哉さんほどじゃないと思うけど。
「かわい。」
「っ!?」
目を細めて、静かに笑う悠哉さんに、更に顔が熱を帯びる。
「なんで!そういう事を普通の顔して言っちゃうかなぁ!!」
アタシの逆ギレにも、悠哉さんは優しく笑って、
「ハルちゃんが可愛いからだって!」
「もう悠哉さんヤダ!!嫌い!!」
「え、俺のこと嫌い?」
「ウソ!好きだよ!嫌いな訳ないじゃん!」
「へへっ、俺も。」
本当に、悠哉さんといると調子狂う。
色んな思いも全て投げ捨てて、ただ純粋に悠哉さんに恋をしたいと思ってしまう。
「ね、ハルちゃん。滑り台、滑ろ?」
人が真剣に考えてる時に!
この人はどれだけ滑り台をしたいんだ!!
誰か構ってあげてよ!ってアタシしかいないんだよ!!バカ!
心の中で下らないやり取りをしてから、悠哉さんを見上げる。
犬みたい。柴犬的な。
「…良いよ。」
「ぃーやったーーー!!!!」
そんなに嬉しいのか。
今にもピョンピョンと跳び跳ねて喜びそうな悠哉さんを見て、アタシもつい笑ってしまう。
悠哉さんの可愛さに癒されていると、悠哉さんはアタシの手を取って走り出した。
「え?ちょっちょっ!早いって!!」
「あははっ!ちゃんと走んないと危ないよ!」
「分かってる、けど…っ!!」
「あ、油断すると転ぶから気を付けて…」
――すってんころりん。
「って言おうと思ったんだけど、間に合わなかったか。」
「言うのが遅いよ!てか、なんで手ぇ繋いでるのに悠哉さんは転ばないのさ!」
「俺は強いからさ!」
「ふーん…?」
――グイッ
アタシを起こそうと力を込められた悠哉さんの手を、腕から引っ張る。
「いてっ!」
悠哉さんは尻餅をついて、立場が逆になる。
さっきまでアタシを見下ろしていた悠哉さんを、今度はアタシが見下ろす。
なかなか良い眺めだ。
「ハールちゃん。あれ見てー」
悠哉さんの指差す方を見ると、そこには目的地の滑り台。
滑り台じゃん、と言おうと視線を戻すと、悠哉さんは、さっきまで尻餅をついていたとは思えないスピードで立ち上がり、アタシの脳が状況を把握する頃には、猛スピードで走り出していた。
「先に滑り台に着いた方が勝ちねっ!」
「悠哉さんズルい!!」
アタシの叫びも虚しく、悠哉さんはどんどんと小さくなって見える。
「リレ選のアタシの足の速さを舐めるなよーー!!!」