恋文



「いんやぁ?店長に生意気言うのはこの口かな~と思ってだな?」

全く、この人は。
なんでも暴力で解決すれば良いと思ってるんじゃないだろうか。
こんな人に好かれた日にゃあ、色々と大変なんだろうなぁ。
色んな意味で。

「いひゃい…。」

「あ、ちょっと学級文庫って言ってみ。」

お前は小学生か。
そんなのバカな中学生でもやらんぞ。

「いーや。」

「良いから良いから。」

「…学級文庫。」

アタシはドヤ顔で、完璧過ぎる学級文庫を言ってのける。

玲二さんは心底つまらなさそうに、

「言えんのかい。」

そう言って、アタシの頬からパッと手を離した。

「当たり前でしょー。アタシに出来ないことはないんだから!」

「10から50までの素数を答えよ。」

「訂正。勉強以外は何でも出来る。」

玲二さんは少し呆れた口調で、

「お前なぁ、素数なんて中3の勉強だぞ?」

「じゃ、逆に聞くけどさ、素数なんて大人になってから使った?」

「ない。」

「ほーら!!」

「が。」

玲二さんは、わざとらしく〝が〟を強調する。

「試験では使う。」

玲二さんのドヤ顔ね。

「分かってるって。」

「分かってないだろ。お前、こないだ中学校の勉強は分かるようになったっつってただろ。」

「違うよ!なんとなく!なんとなーく分かるようになったの!」

「アホ。」

「いてっ」

さっきよりも、だいぶ弱いデコピンを受ける。
玲二さんってば、こういうとこが微妙に優しいんだ。とか思う。

でも、本当に優しい人はデコピンなんてしないんだよ。悠哉さんみたいな。

「小春。」

「んー?」

玲二さんはジーッとアタシを見つめる。
え、なにこれ恋の予感?
ウソです。ごめんなさい。怒んないで。

「店長?」

玲二さんがスッと手を伸ばした。
デコピンかと思い、反射的に目を瞑る。

しかし、デコピンの鈍い痛みはいつまで経っても来ず、髪をなぞるような優しい玲二さんの手だった。

ゆっくり目をあけると、玲二さんはアタシの髪に指を通しながら、

「お前、また染めたのか?」

心配そうな玲二さん。

「え、うん。ちょっとだけだよ。」

「あんま染めんなよ。髪が痛む。」

なんだこの人女子か?
髪の痛みとか気にしてたら、染められないだろ。
まぁ、アタシも気になりはするけど。

仕方ない。髪を染めるのも止めるか。
どこぞの体育教師にはサボりを止められ、未来には勉強するよう言われ、玲二さんには髪を染めるのも止められる。

アタシ、とんでもなく良い子に育っているんじゃないだろうか。

「分かったよ。もう染めない。」

「いや、別に染めるのを禁止した訳じゃあ…」

「良いの!もう染めるのは止めるって決めたの!サラサラヘアーになってやる!」

玲二さんは、フッと笑って、少しキシキシと痛むアタシの髪をクシャッとした。

そのとき、後ろからチリンッと扉が開く音がした。

あれ?今日は営業してない筈なのに。
誰だろう?

「遅かったな。」

玲二さんは親しげに、誰かに話しかける。

「……玲二。」

聞き覚えのある声。

それは、

「勝手に、うちの生徒に手出しされちゃあ困るんだがな。」

――無表情の体育教師だった。

「良い大人が女子高生に手ぇ出さねぇよ。」

「どうだかな。」

「いや、違うって。な?ハルちゃん」

仲良さげに話していた玲二さんが、突然アタシに話題を振る。
玲二さんがアタシを〝ハルちゃん〟と呼んだことに寒気を感じながら、返事に困るんですけど。という表現を向ける。

けど、先生はアタシ以上に戸惑っているようで、アタシと玲二さんの顔を交互に見ていた。

「は?ハルちゃんって…。嘘だろ?え?もしかして…」

「そう。そのもしかして。」

玲二さんがコクりと頷くと、しばらく先生の動きが停止した。
そのあと、中指でグリグリと眉間を押さえつけながら、困ったように溜め息をついた。

先生は困ったり悩んだりする時、中指で眉間を押さえつけるのが癖。
変わってるなぁー、と思いながら見ていた。

「悠哉め…。人の学校の生徒にちょっかい出しやがって。玲二!お前も何故言わない!」

「ん?決まってんだろ、面白そうだったからだよ。悠哉も言ってたぞ?治がこのこと知ったら怒るんだろ~な~って。」

「悠哉ぁぁ…!」

あー…先生ってば玲二さんの良いオモチャじゃん。
玲二さんはニヤニヤと笑ったままで、先生は溜め息ばかり。

よく友達になれたもんだな。

アタシだったら、玲二さんみたいは性悪お断りだわ。
先生も取っ付きにくそうだし、何か気でも合うもんなのかな?

「悠哉は?」

「まだ来てねぇ。」

「え、悠哉さん来るの!?」

カウンターで新しいタバコを咥えている玲二さんに聞く。

「仕事が一段落ついたら来るっつってた。今日は大学組でお喋りでもってことで、ボヌール集合だったんだよ。」

ああ、なぁーる。
そりゃあ、玲二さんが祝日に1人で店にいる訳だ。

大学組ってことは、玲二さんが話してた、悠哉さんと高校からの付き合いって先生のことだったのか。
確かに歳は同じだけど、まさか知り合いだったとは。

アタシは、先生の友人関係が少し不安です。

「なんで川上がお前と2人っきりで店にいるんだ。」

「コイツが勝手に来たんだよ。コイツ、夏頃から、ここでバイトしてるから。」

玲二さんは、悠哉さんがアタシを連れてきた経緯とか、それからどうなったとか、事細かに先生に説明してあげる。

アタシもその説明を聞いて気付いたんだけど、先生の名字って川口だってさ。
アタシと1文字違いだよ!
どうでも良いな。ウン。


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