恋文
店内は重い空気のまま、沈黙だけが続く。
玲二さんの冷静な表情にもボロが出始めた頃、この件について何も知らない、何も分からない、第三者のアタシが口を開いた。
「…玲二さんは良いの?」
こんなに玲二さんの顔を真っ向から見たのは始めてだ。
何度見てもイケメンな表情は、今は崩れていて、余裕のない切羽詰まった表情になっている。
アタシはこんな顔、悠哉さんにさせたくない。
玲二さんと女の人。
悠哉さんとアタシ。
無意識に重ねて考えてしまうのはダメなことだろうか?
「玲二さんはこの終わり方で良いの?」
神様が聞いたら呆れるだろうか?
それは、お前の恋愛じゃないだろう、と呆れ果ててしまうのだろうか?
「これで満足?」
玲二さんはウザいとでも思っているのだろうか?
お前には関係ないだろ、と。
放っておけ、と。
「アタシにはそうは見えないよ。」
まぁ。それでも良いよ。
神様に呆れられようが、玲二さんに何と思われようが、どうでも良い。
大事なのは、アタシと同じで、ひたすらに恋をしている女の人。
玲二さんがあの人のこと嫌いじゃないのは知っている。
いつも優しそうに笑っていたから。
その笑顔は、好きな人のことを話していた時の、あの優しい笑顔だったから。
アタシはこんな表情の玲二さん見たくないよ。
「…玲二さん、泣きそうじゃん。」
泣きそうに歪んだ玲二さんの顔をしっかりと見据える。
玲二さんは一瞬の躊躇いのあと、クスクスと笑い出した。
クスクスと嬉しそうに笑った。
「バーカ。目にゴミ入っただけだ。」
そう言って、玲二さんは駆け出した。
まだ、少しだけ泣きそうな笑顔で。
玲二さんがいなくなった店内は、やけに静かで落ち着かなかった。
悠哉さんはうつ向いていて表情が読み取れないし、先生はカウンターの奥を見つめるばかり。
そんな沈黙を破ったのは、先生だった。
「…さすがは俺の自慢の生徒。やるなぁ。」
先生は嬉しそうだった。
無表情なんかじゃなく、心底、嬉しそうな笑顔だった。
「これでバカみたいな誓いもなくなってくれると良いんだがなぁ。」
そう言い、悠哉さんの方を見る。
悠哉さんは何も答えないまま、俯いたまま。
「誓いって?」
「内緒。そのうち分かるよ。」
優しい笑顔。
穏やかで優しい、悠哉さんとは違う笑顔。
「あーあ、良いな。青春。」
「センセも好きな人に会いたくなった?それなら会いに行った方が良いよ。」
「ふっ。そうだな。じゃあ、ちょっくら彼女に会いに行って来ようかな。」
先生って彼女いたんだ。
「じゃあ。」と先生は立ち上がり、何故か悠哉さんの頭をくしゃっとした。
扉のベルがチリンッと弱々しく鳴り、再び沈黙が訪れる。
と、思ったが、悠哉さんは顔を伏せたまま、
「…ねぇ、ハルちゃん。俺と始めて会った時のこと覚えてる?」
弱々しい声で聞いた。
忘れる筈がないよ。
悠哉さんとの思い出は、鮮明にアタシの頭の中で動いている。
「うん。悠哉さんがおっちょこちょいで、大事なラブレターを落としたから。」
アタシが冗談混じりに笑うと、伏せた悠哉さんから、ははっ、乾いた笑い声が聞こえた。
伏せているから、悠哉さんの声はこもっていて聞き取りづらい。
それでも、アタシにはよく聞こえた。
大好きな悠哉さんの声。
「始めてハルちゃんとプラネタリウムを見に行ったでしょ?あのとき、ハルちゃん俺がいるから寂しくないって言ってくれたよね。」
「……うん…。」
「奈美と同じこと言うからビックリしたよ。」
そんなの一度も聞いたことないのに、アタシは、やっぱりか、と心の中で苦笑した。
逆にスッキリした。
なんで、あのとき悠哉さんが泣きそうだったのか分かったから。
やっぱり、アタシじゃない人を見てたんだ。
愛しそうに星空を見上げる悠哉さんの横顔が忘れられない。
「奈美はね、兄が1人いて、両親がいなかった。親戚の間をたらい回しにされていたんだ。兄妹2人でね。」
なんで悠哉さんがアタシにこの話をするのか分からない。
聞きたくない。
けど、アタシに聞きたくないと言える勇気なんてなくて「うん。」と相づちを打つのが、精一杯だった。