ガーデンテラス703号



聞こえてきた声にほっとして顔を上げると、すぐそばにホタルが立っていた。

私の前に立つ男よりも随分背の高いホタルが、通常よりも目尻をつりあげて彼を睨み下ろす。

その表情は、ホタルの目付きをだいぶ見慣れた私でも思わず背筋が震えそうになるくらい怖かった。

男はしばらくは頑張ってホタルに対峙していたけれど、鋭い目で睨み続けるホタルに根負けして、無言で立ち去っていった。


「何してんだよ。先に店入っとけって言っただろ」

男が立ち去ると、ホタルがそれまでよりは若干の鋭さを欠いた目で私を睨む。

遅れてきたのはホタルなのに。

私を責めるみたいな彼の目に泣きたくなった。


「だって、あんな高級なお店初めてでとてもひとりじゃ……」

うつむいてつぶやくと、すとんと頭にホタルの掌が落ちてくる。


「ごめん。遅れて悪かった」

視線だけをあげると、つり目のくせに眉尻を下げて困った顔をしているホタルが見えて。

今度こそ、本当に心の底からほっとした。


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