一般人令嬢は御曹司の婚約者
「つか、俺のこと『御曹司』って呼んでるのかよ」

「あ……」

つい口に出ちゃいましたか。

「……あら、わたくしは『お坊っちゃま』と言ったはず、聞き間違いですわ」

営業スマイルで、ベッドの上の御曹司に上目遣い。
『お』しか合ってないけれど。

「………お前さ、都合の悪いことがあるといつもそうなるよな。ついでに言うが、今は猫だ」

「……ニャー」

頭を触ると、確かに猫耳がついていた。

「さてと」

御曹司はベッドから下り、パジャマを脱ぎだす。

「何脱いでるんですかニャー」

目を逸らして問うと、当たり前のように返事が返ってくる。

「何って、着替えるからに決まってんだろ。お前はその格好で良いのか?」

「良いのかって………ニャー!」

見下ろせば、着崩れてはだけた浴衣。
慌てて御曹司に背を向け、軽くなおす。
浴衣を着せたのはこれが理由か変態御曹司!

「あーあ。俺が脱がせたかったのに。また着てくれよな」

「二度と着るか……」

御曹司はきっと、帯を引っ張りコマのように回すあれがやりたかったに違いない。
それにしては帯が短いが。

「それより、そんなのんびりしてていいのか?」

「え………」

置時計に目をやれば、短針が6と7の間を指している。
サーっと、全身から血の気が引いて行ったのが分かった。
明らかな遅刻である。

「それではご主人様ごきげんようニャー」

私は言い逃げするように御曹司の部屋を飛び出す。
痛む腰を押さえながらという不自然な格好で小屋まで走る。
その際、すれ違う使用人の注目を集めていたので、恥ずかしいことこの上ない。
小屋に着くと急いで着替え、正面玄関にとりかかる。
食堂は使用人専用のものだから、後回しだ。
左手はほうきに、右手は腰に。
なんとも人をバカにしたような掃除方法である。
それでも何とか、旦那様と御曹司の外出時間には間に合った。
ギリギリだったせいでその場に居合わせた私に、御曹司が声をかけてきて。

「体は大丈夫か? 腰、痛そうだな。……無理すんなよ」

それだけ言って車に乗り込むものだから、お見送りのメイドに痛い視線を向けられた。

「さて、仕事仕事ー」

私は聞こえるように言って、その場から逃げた。
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