クラッシュ・ラブ

「あっ」
「いいですか? わたしがやっても」


懐かしい。すごく小さい頃、お母さんがお父さんのネクタイを直して上げてるのを見て、『わたしも』って、真似事でやらせてもらった。
それから、純が中学校に入学してからしばらくは、結び方を教えてあげていた。

もう、そんなふうにネクタイを締めてあげるなんてこと、ないから。
きゅ、と喉元に結び目を作り上げる感覚が久しぶり。


「……すごい」
「いいですよね。ネクタイって」


なんか引き締まる感じと、大人になった感じが好き。


「ヘンだ、って言われるかもしれませんけど。わたし、結ぶの好きで」


純にしてあげる感覚で、ネクタイだけを見ていたわたしは、彼の表情なんて見ていなかった。
だから、突然の低い声にびっくりする。


「誰の?」


「え?」と顔を上げるや否や、ネクタイに触れていたわたしの手が、ユキセンセの手に拘束される。
そして、そのまま、ドサッとソファに押し倒されてしまった。


「誰に結んであげてるの?」


下から仰ぎ見るセンセは、真剣な顔。冗談のつもりなんかじゃない。
優しいユキセンセが、どうして怖い顔をしてるのかがわからない。

乾いた声で、ぽつりと答える。


「……や、今は……。昔、弟の制服……」


見開いた目で彼の動向を窺う。わたしの言葉を聞くと、急に我に返ったように、いつものセンセの目に戻った。


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